第473回
「寅」は「虎」ではない?

 「十二支」のそれぞれを『日本国語大辞典』で引いてみると、もっとも古い例として、同じ歌が引用されている。平安中期の勅撰和歌集『拾遺和歌集』(1005~07年頃)の「よみ人しらず」の歌である。
 たとえば、今年の「干支(えと)」は「寅」だが、その「寅」の例は次のようなものである。

 「ね うし とら う たつ み ひと夜ねてうしとらこそは思ひけめうきなたつみぞわびしかりける」(物名・四二九)

この歌は、十二支の6番目の「み」までしか出てこず、7番目の「うま」以降を引くと、

 「むま ひつじ さる とり いぬ ゐ むまれよりひつしつくれば山にさるひとりいぬるにひとゐていませ」(物名・四三〇)

となる。
 「物名」とは、「もののな」「ぶつめい」と読み、「物名歌(ぶつめいか)」とも言うが、和歌や俳諧で、歌や句の意味に関係なく、物の名を詠みこんだもののことである。
 四二九番歌は、十二支の「み」までが詠み込まれているのだが、どの部分かおわかりだろうか。「ネて」「ウシトラ」「ウきなタツミぞ」の部分がそれである。
 歌意は、一夜共寝して、わたしのことを不満に思ったようだ。(それなのに)浮名が立つ我が身が情けないことだ、ということである。
 四三〇番歌は、「ムマれ」「ヒツシつくれば」「サル」「ひトリ」「イヌる」「ヰて」の部分に詠み込まれている。だが、この歌は意味がよくわからない。生まれたときから櫃(ひつ)を作っているので山に去って行く。一人で行くのではなく人を連れていらっしゃい、という意味だと思われるが、四二九番歌にくらべるとかなり無理がある。この2首はがんばって十二支を読み込んでいるものの、あまり広まらなかった理由は、そんなところにあったのかもしれない。
 この『拾遺和歌集』の歌からわかることは、平安時代中期には、確実に十二支に12種の動物を当てはめていて、それが、日本では、鼠(子(ね))・牛(丑(うし))・虎(寅(とら))・兎(卯(う))・竜(辰(たつ))・蛇(巳(み))・馬(午(うま))・羊(未(ひつじ))・猿(申(さる))・鶏(酉(とり))・犬(戌(いぬ))・猪(亥(い))だったということである。ただ、十二支に動物を配当したのは中国だが、なぜこのような動物を配したのかはよくわかっていない。
 十二支は本来は暦法で使われた語で、子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・卯(ぼう)・辰(しん)・巳(し)・午(ご)・未(び)・申(しん)・酉(ゆう)・戌(じゅつ)・亥(がい)だが、そもそもこれらの漢字には、もともと動物の意味はない。たとえば「寅」は、「つつしむ」という意味の漢字である。映画「男はつらいよ」シリーズの主人公、「寅(とら)さん」のように、この漢字を見て、ほとんどの人が「寅」=「虎」だと思っているだろうが、「寅」はもとより、十二支に使われている漢字には、すべて動物の意味はなかったのである。それが、日本では、こうした十二支にある漢字を、それぞれ当てはめられた動物の名で読む読み方がすっかり定着してしまったというわけである。

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