日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。隔週月曜日にお届けします。

第474回
ハマグリが“ぐれる”?

 「親が亡くなって、一時期ぐれていた」などというときの「ぐれる」だが、二枚貝のハマグリとかかわりのある語だということをご存じだろうか。
 と言っても、別にハマグリが不良になったわけではない。ハマグリという語が、ことば遊び的に変えられ、やがてそれが「ぐれる」という、不良者になるという意味の語になったのである。
 「ぐれる」は俗語っぽい語感があるが、この語が生まれたのは江戸時代のことのようだ。そうなるまでには、以下のような変遷があった。『日本国語大辞典(日国)』の解説を元に、それをたどってみよう。
 先ず江戸時代の初め頃に、「はまぐり(蛤)」の「はま」と「ぐり」を逆にした「ぐりはま」という語が使われるようになる。これは「たね(種)」を「ねた」、「ばしょ(場所)」を「しょば」と言うように、語の音節の順序を逆にしてつくられた「倒語」に似ているが、「物事の手順、結果がくいちがうこと。意味をなさなくなること」(『日国』)という別の意味で使われている。
 なぜ「ぐりはま」がそのような意味になったのか。大槻文彦の『大言海』(1932~35)は、「ハマグリの殻は、逆にすれば合わないところから」だろうと推測している。確かに二枚貝の貝殻は左右相称だが、一方を逆にすると合わなくなる。二枚貝は他にも存在するのにハマグリだったのは、ハマグリを使った「貝合(かいあわせ)」「貝覆(かいおおい)」と呼ばれる、別々にした貝殻を合わせる遊びがあったからだろう。
 さらにこの「ぐりはま」が変化して、「ぐれはま」とも言われるようになる。そしてそれから、「ぐれ」という語が生まれる。この「ぐれ」の動詞化した語が、「ぐれる」なのである。
 「ぐれ」は『日国』によると、江戸時代に「まともな道からそれること。また、それた者」「盗みなどの悪事をはたらくこと。また、その者」という意味で使われている。「ぐれになる」などという言い方もしていたようだ。
 そして、動詞化した「ぐれる」が今と同じような意味で使われるようになったというわけである。
 『日国』には、その「ぐれる」の例として、

*滑稽本・浮世床〔1813~23〕三・下「イヤ全体かたいお方でございましたが、どうして又ぐれさしったか」

といった例などを挙げている。『浮世床』は式亭三馬の作として知られているが、引用文の第三編は滝亭鯉丈(りゅうていりじょう)の作である。この『浮世床』の例の意味だが、「ぐれる」は不良になるというよりも、「生活態度が地道でなくなる」(『日国』)ということだろう。
 ちなみに、盛り場などをうろついて、ゆすり・たかりや暴力などを振るう不良仲間を「愚連隊」と言うが、「愚連」は当て字で、「ぐれん」は「ぐれる」からだといわれている。『日国』では、この「愚連隊」の例として、

*時事新報‐明治三四年〔1901〕九月一日「横浜遊廓内には近来グレン隊と称する一種の悪党顕はれ」

を引用している。「愚連隊」はどうやらこの頃から生まれたものらしく、けっこう歴史のあるものだったのである。

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