日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第475回
辞書的な「2月」の話

 だからなんだと言われそうだが、実は私は2月の生まれなので、一度この月のことを書いてみたいと思っていた。といっても、あくまでも辞書的な話なのだが。
 まず、みなさんは「2月」を「ニガツ」と口に出して言うとき、どこにアクセントを置いて言っているだろうか。
 [二\カ゜ツ]?、それとも[ニカ゜ツ\]?
 最初の1拍の「ニ」だけを高く発音する「頭高型(あたまだかがた)」か、「月」の「ツ」のところまでを高く発音する「尾高型(おだかがた)」かということである。「カ゜」は鼻濁音を表している。
 ひょっとすると、頭高型の[二\カ゜ツ]と言っている人も多いかもしれない。だが、「二月」の本来のアクセントは、[ニカ゜ツ\]と尾高型なのである。アクセントを表示している国語辞典は多くはないが、『日本国語大辞典(日国)』では標準アクセントを示した〈標ア〉という欄があり、ここでは[ツ]と尾高型であることを示している。
 ちなみに1月から12月まで、「~月」のアクセントには、2種類ある。それらを分けると以下のようになる。

尾高型:1、2、4、6、7、8、10、11、12月
頭高型:3、5、9月

 アクセントが頭高型なのは、3、5、9月の三か月だけなのである。ところが、最近、2月だけでなく、本来尾高型の4月も[シ\カ゜ツ]と発音する人が増えている。頭高で発音する月の方が少ないのに、なぜそのようになるのか不思議だ。専門家の意見を聞きたいところである。
アクセントの違いは気にする人も多いので、[二\カ゜ツ]が必ずしも間違いだとは言えないだろうが、気をつけた方が無難だと思う。
 2月に関する辞書の話として、もう一つ触れておきたいのは「二・二六事件」である。もちろん、昭和11年(1936)2月26日に、陸軍の皇道派青年将校が武力による政治改革を目ざして起こしたクーデター事件のことだが、事件そのものについての話ではない。
 「二・二六事件」を口に出して言うとき、みなさんはどう発音しているだろうか。このまま読めば「ににろくじけん」だが、「にいにいろくじけん」と言っている人も多いのではないだろうか。かく言う私も「にいにいろく」派だ。
 だが、「にいにいろくじけん」だと思い込んで、「二・二六事件」を辞書で引いたら、引けないことになる。実際、『日国』初版では、どうして「にいにいろくじけん」では引けないんだと言われたことがある。そのため、第2版では「にいにいろくじけん」でも引けるように、空見出し(参照見出し)を設けた。
 もちろん「二」の読みは「に」なので、「にい」はおかしいのだが、引きやすさを優先させたわけである。
 他の辞典でもこのような配慮をするものが出てきていて、『大辞林』は『日国』よりも早く、 第2版(1995年)で空見出しを立項している。電子辞書の『デジタル大辞泉』も、空見出しはないが、「にいにいろくじけん」と入力しても「二・二六事件」が検索できる。
 辞書編集者はより便利な辞書を目指して、目立たないながらも努力を続けていることを知っていただけたら幸いである。

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