第477回
「すっぴん」は美人のこと?

 化粧をしない、本来のままの顔を「すっぴん」と言う。この「すっぴん」を、化粧をしていなくても美しい人のことをいった語だという説があるらしい。美しい女性、美人のことをいう「べっぴん」と関係のある語だというのが、その理由のようだ。
 確かに、「すっぴん」と「べっぴん」は「ぴん」が共通している。だが、辞書編集者からすると、2語は直接関係のある語とは思えない。
 以下、私見を述べてみる。
 辞書で「すっぴん」を引いてみると、多くが「素っぴん」という表記になっている。ただ、実際には、「スッピン」と片仮名で書くことも多いかもしれない。「素」は、ただそれだけの、ありのままのといった意味だが、実は、「すっぴん」という語がどのようにして生まれた語なのか、よくわかっていない。だから辞書では「ぴん」の部分は漢字が当てられていないのである。
 関係のありそうな語に、比較的古くからある「素面(すめん)」「素顔(すがお)」がある。「すっぴん」と同じ化粧をしていない顔という意味で、どちらもイエズス会宣教師が編纂した『日葡辞書』(1603~04)にも見られる。
 「すっぴん」は、この「素面」から生まれた語だという説がある。ただし、「すめん」がどうして「すっぴん」になったのかはよくわかっていない。
 推測の域を出ないのだが、芝居や歌舞伎で使われていた可能性はある。『日本国語大辞典(日国)』にも引用されているが、『笑解 現代楽屋ことば』(1978年 中田昌秀著)には、

 「すっぴん 化粧をしないこと。素面」

とある。この本は、劇場などの楽屋で役者や芝居関係者が使う隠語を集めたもので、著者は舞台やテレビのプロデューサー、放送作家として、長年演劇界、芸能界などと深く関わってきた人である。文字化された「すっぴん」の例は多くはないが、この本で取り上げられているように、芝居関係者が古くから楽屋で化粧を施した顔に対する語として使っていたのかもしれない。
 一方の「べっぴん」は、本来は特にすぐれた品物や人物という意味で使われていた。品物にも使われていたくらいだから、女性に限らず男性についても言っていたようだ。そのため、古くは「別品」とも書かれていた。
 それがのちに、女性の容姿に限られて使われるようになり、「別嬪」とも書かれるようになったのである。「嬪」は女性の美称だ。
 ただ、『日国』によれば、「明治時代では、美人の意で『別嬪』も『別品』も見られ、作家によっても偏りがある」らしい。たとえば森鴎外は「別品」派だったようだ。小説『雁(がん)』(1911~13)でも、主人公の岡田が金貸しの妾お玉を評するとき「別品」を使っている。
 これらを考え合わせると、「すっぴん」と「べっぴん」の「ぴん」はやはり別のものという気がしてくる。2語が関係がないという証拠は希薄だが、といって関係があるという証拠もない。
 「すっぴん」が美しい女性がいることはわかる。だが、それは語の意味とは何の関係もないことだと思う。

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