日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第50回
手は「こまぬく」のか、「こまねく」のか?

 「手をこまぬく」「手をこまねく」、どちらが正しいのかという質問を受けた。
 結論から言えば、どちらもよく使われる言い方で、一方が間違いということはない。
 ただ、テレビ・ラジオではコマヌクを第一、コマネクを第二の読みとしている。これは、コマヌクが伝統的な形で、コマネクは比較的新しい言い方だからである。
 「こまねく」が新しい言い方だということは、戦前の国語辞典には「こまねく」を見出し語として載せた辞典がほとんどないところからもわかる。
 「こまぬく」の元々の意味は、腕を組む、腕組みをするということで、単独でも使われていたのだが、現在では、「手(腕)をこまぬ(ね)く」の形で傍観するの意で使われることが多い。
 語源は高麗(こま)ふうに腕を組み手を袖に貫(ぬ)く所作からという説(「和句解(わくげ)」「日本釈名(にほんしゃくみょう)」)もあるが、両手の指を胸の前で組み合わせて敬礼するのは、高麗ではなく古く中国で行われた挨拶の方法である。「高麗」は朝鮮の王朝名ではなく、大陸風といったことなのであろうか。
 その所作が腕を組むような形になるところから、手出しをせずに傍観するという意味に変化していったものと思われる。

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