第483回
「ちちんぷいぷい」ってどういう意味?

 幼いころ、転んでひざ小僧をすりむいたときなどに、母親から「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んで行け!」と言われた。すると、不思議なことになんとなく痛みが消えたものだ。
 ところが自分が親になって、子どもがけがをしたときに、「痛いの痛いの飛んで行け」とは言ったが、「ちちんぷいぷい」とは言わなくなった。
 「ちちんぷいぷい」とはいったい何だったのだろうか。
 『日本国語大辞典(日国)』を引いてみると、「ちちんぷいぷい」は、「『ちちんぷいぷい御世(ごよ)の御宝(おたから)』の略」とある。その後に「御世の御宝」などという言い方が続くとは知らなかった。そこで、「ちちんぷいぷい御世の御宝」を引いてみると、

 「幼児が転んだり、ぶつけたりして体を痛めたときに、痛む所をさすりながら、すかしなだめること。また、そのときに唱えることば。手品などを子どもに見せるときに呪文のように唱える場合にもいう」

と説明されている。
 そこに引用されている用例は、滑稽本『古朽木(ふるくちき)』(1780年)や洒落本の『五臓眼(ごぞうめがね)』(1789~1801年)で、この例から、少なくとも江戸時代中期にはこのように言っていたことがわかる。しかも、『日国』の解説にもあるように、この滑稽本と洒落本の例は、子どもをすかしなだめる場面ではなく、手品の呪文を思わせる例である。実際にそのような呪文を手品で唱えていたのだろうか。
 もう一例、江戸時代の太田全斎が編纂した国語辞書『俚言集覧(りげんしゅうらん)』(1797頃)の例を引用しているが、それには、

 「ちちんぷいぷい御代の御宝 小児を誘ふ児語」

とある。「ちちんぷいぷい」は同じ頃から、子どもに対しても使われていたことがわかる。
 では、なぜ「ちちんぷいぷい」なる言い方が生まれたのか。『日国』には「一説には、智仁武勇は御世の御宝の意ともいわれる」という説明がある。これは、子どものころ泣き虫だった徳川三代将軍家光を、乳母の春日局(かすがのつぼね)があやしたときに唱えたことばだという俗説もあるようだ。だが、真偽のほどはわからない。
 「智仁勇」なら、儒教で「三達徳(さんたっとく)」と呼ばれるもっとも基本的な三つの徳のことだが、儒教でいう「勇」は「武勇」とは違うので、「智仁武勇」とはどこからきたのだろうか。「武勇」は「ぷいぷい」と言わせるための、こじつけのような気がしないでもない。
 「ちちんぷいぷい」は、昔話にも使われている。「屁ひり爺」「竹切り爺」と呼ばれる話だが、地方によっては、爺さまが「ちちんぷいぷい」と唱えておならをする。手品の呪文と昔話とどちらが先かわからないが、何かをしてみせるときの呪文としては確かに愉快な響きがある。
 ちなみに「痛いの痛いの飛んで行け」は今でも使われるが、辞書では私が調べた限り『デジタル大辞泉』にしか載っていない。このおまじないは、実際に痛みを緩和させる効果のあることが医学的にも証明できるらしい。だとすると、辞書に載せてもいいような気がする。

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