第487回
「大喪」を「たいも」と読んではいけないのか?

 最近、ある国際政治学者が「大喪の礼」を「たいもの礼」と言って、ネット上で話題になっていた。この政治学者を擁護するつもりはないのだが、ほんとうに「大喪」を「たいも」と読んではいけないのだろうか。辞書編集者としてはそれが気になる。
 『日本国語大辞典(日国)』で「たいそう(大喪)」を引くと、
 「天皇・太皇太后・皇太后・皇后の喪に服すること」
と説明されている。そして、この語釈の末尾には、同義語として「たいも」とある。これは一体何なのだろうか。さらに『日国』では、「たいも(大喪)」が立項されている。そこでは「『たいそう(大喪)』に同じ」とある。「大喪」は、「たいも」と読まれる可能性もあったわけだ。
 『日国』の「たいそう(大喪)」の用例は、次の2例である。

*公議所日誌‐一八・明治二年〔1869〕六月「且国家大喪ある毎に、此令を設けば、囹囲の囚縲、君上の不諱を悦び待たざるを不得」
*皇室服喪令(明治四二年)〔1909〕一九条「天皇、大行天皇、太皇太后、皇太后、皇后の喪に丁るときは大喪とす」

 公的な文書なので、当然のことながらどちらも「大喪」の読みは示されていない。このような読みが確定できない語は、『日国』では、通用している読みの方に用例を寄せ、可能性のある読みを参照見出しとして示すようにしている。「大喪」は、まさにそれに当たると判断したわけである。
 「たいも」と読む可能性が高いのは、2番目の『皇室服喪令』だろう。
 この『皇室服喪令』は、「こうしつふくもれい」とも「こうしつふくそうれい」とも読まれる。ただ「服喪」は、「ふくも」と読むことの方が多いかもしれない。
 『皇室服喪令』は、文字通り皇室の服喪の制を定めたものだが、「喪に服す」という語がしばしば使われている。引用した第19条では、天皇、大行天皇、太皇太后、皇太后、皇后の喪に丁(あた)るときは特に「大喪」とするとしているのである。頻出する「喪に服す」の「喪」は「も」だろうから、「大喪」は「たいも」と読むのかもしれない。
 「喪」という漢字は、字音が「そう」、字訓が「も」なので、「たいも」と読むと重箱読みになる。だが、実際には「喪」という漢字は重箱読みではないが、湯桶(ゆとう)読みにされることは少なくない。「喪章」「喪服」「喪主」の「喪」は「も」である。
 天皇,皇后等の葬儀のやり方を定めたのは、1926年に公布された『皇室喪儀令』からである。これは「そうぎれい」と読む。ただし、この法令では「大喪」ではなく、「大喪儀」という語が使われている。「たい・そうぎ」ではなく「たいそう・ぎ」で、「大喪の儀式」という意味である。『日国』ではこの『皇室喪儀令』を用例として、「大喪儀」で立項している。
 冒頭の国際政治学者が言った「大喪の礼」を定めたのは、1949年(昭和24)に改正された『皇室典範』第25条である。そこには、「天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う」とある。これにもふりがなはないが、『皇室喪儀令』から受け継いでいるのだろう、多くの人は「たいそうのれい」と読んでいる。
 確かに、「大喪の礼」は現在では「たいそうの礼」と読みならわされている。だから、「たいもの礼」はやはり違和感がある。だが、かつては「大喪」を「たいも」と読んでいた可能性もあったのである。
 ことばにかかわる者として、ことばの答えは一つとは限らないと思うのである。

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