第488回
「その手は桑名の焼き蛤」

 仕事で、三重県桑名市に行く機会があった。伊勢湾に面している桑名は、何よりもハマグリの産地として知られている。特に「焼き蛤」が有名だ。ただし近年は干潟の減少により、水揚げ量は激減しているらしい。
 桑名の焼き蛤がどれほど有名かというと、昔から「その手は桑名の焼き蛤」という語があるくらいなのである。『日本国語大辞典』には、以下のような例が引用されているので、江戸時代から知られていたらしい。

*洒落本・品川楊枝(しながわようじ)〔1799〕「又はづさうと思って、其手はくはなのやき蛤(ハマクリ)、四日市夜のつきゑゑだア」

 「その手は桑名の焼き蛤」は、「食わない」の「くわな」と地名の「桑名」とを言いかけ、さらにそれを桑名名物「焼き蛤」とした語である。その手にはのらないという意味のしゃれである。
 このような語呂によってもとの文句をもじっていう語を、「無駄口」などという。相手のことば尻をとらえて茶化したり、まぜかえしたりするときや、自分の言おうとしていることばをストレートには言わずに、おどけてみせるときなどに使う。
 映画「男はつらいよ」で、渥美清が演じたフーテンの寅さんが啖呵売(たんかばい)で言う、「結構毛だらけ猫灰だらけ」も「無駄口」の一種である。しかもこれは、同音の「け」で始まる語と、末尾が「け」となる語を重ねただけなので、まさに意味のない「無駄口」である。寅さんはこの後、「見上げたもんだよ屋根屋(やねや)の褌(ふんどし)」と続けていた。寅さんはいささかお上品なようで、「見上げたもんだよ屋根屋の金玉(きんたま)」と言うこともある。褌の中から・・・ということである。
 かつて私は、このような「無駄口」を集めて1冊の辞典が作れないかと企んだことがあった。だが、その野望はいとも簡単に打ち砕かれた。調べてみると、この手の語はそれほど多く集められなかったからである。
 2004年に『日本語便利辞典』という、辞典の付録に載せるような内容のものを集めた辞典を編集したことがある。そこに30語ほどの「無駄口」を収録したのだが、それが私が集められた主なものだった。これだけではとても一冊の辞典にはならない。
 だがどうしても諦めがつかず、もう少し範囲を広げて、「しゃれことば」とでも呼べそうな語を集めてみることにした。今は使わなくとも、江戸時代には使われていた語も合わせて探してみた。
 たとえば、「からすの昆布巻(こぶまき・こんまき)」というのがある。カラスの鳴き声を「かかあ(嚊)」にかけ、それに巻かれるの意でかかあ天下、恐妻家のことをいうしゃれである。
 「くろいぬのお尻(いど)〔尻(けつ)〕 」などというのもある。黒犬だから「尾も白くない」「尾も白うない」に「面白うない」をかけたしゃれである。
 「御浦山吹日陰紅葉」は「おうらやまぶきひかげのもみじ」と読むのだが、「羨(うらや)ましい」を「浦山」にかけ、「日陰の身」を「日陰の紅葉」にかけたしゃれで、自分の境遇にくらべて他を羨む気持ちを表す。
 「御髭(おひげ)の塵助(ちりすけ)」のように人名めいた語もある。 「御髭の塵を払う」から、人にこびへつらう者のことをいう。
 きりがないのでこの辺でやめておくが、集めただけで、結局形にはできなかった。このような語をいったいだれが面白がるんだ?と次第に熱が冷めてしまったことが最大の理由であった。
 とはいうものの、今でもつい口に出して言いそうな無駄口はある。

「ありが鯛(たい)なら芋虫(いもむし)ゃ鯨(くじら)」
「ありがたい」というしゃれ。「あり」に蟻、「たい」を鯛にかけてその大きさの違いをいった語である。
「来たか長(ちょう)さん待ってたほい」
とうとうお出でなさったかという軽口である。「長さん」に意味はない。

 こちらもキリがなさそうだ。
 桑名の赤須賀という漁港でおいしい焼き蛤を食べながら、「無駄口」のことをつい思い出したのである。

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