日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第492回
令和3年度「国語に関する世論調査」から

 先ごろ発表された文化庁の2021年(令和3年)度「国語に関する世論調査」の中に、比較的新しい表現について、それを使うかどうかという質問項目があった。「ちがくて」「あの人は走るのがすごい速い」「あの人みたくなりたい」「なにげにそうした」「半端ない」「ぶっちゃけまずい」「見える化」の各表現である。
 私の場合、これらの中で「ちがくて」は使わないが、それ以外の6語については、親しい人との会話なら使うことがある。
 実際の調査の結果はインターネットで公開されているので、詳しくお知りになりたければそちらをご覧いただきたい。
 私の方はそれぞれの表現について、“辞書編集者”らしい解説を少しだけ施そうと思う。
 まず、私は使わない「ちがくて」。「昨日と言ってることがちがくてびっくりした」などと使う。これは動詞「違う」から生まれた語だが、その連用形「違い」が、「美しい」などのような形容詞と同じように「い」で終わる形をしていることから、「違くて」「違くない」「違かった」などの形で用いられるようになったと考えられている。文法的には破格だが、それが理由で私は使わないわけではない。なんとなく子どもっぽい表現に思えるからである。
 次の「すごい」は形容詞である。だが、「あの人は走るのがすごい速い」の「すごい」は副詞的に使っている、これを副詞とするか形容詞とするかは意見が分かれている。同様の語に、「H先生はえらい博識だ」などと言うときの「えらい」がある。
 「みたく」は、助動詞「みたいだ」の語幹「みたい」を「い」の形になることから形容詞と考えて、形容詞型に活用させた語である。『辞典〈新しい日本語〉』(井上史雄・鑓水兼貴編)に拠ると、「東北・北関東では昔からのことばで、北から東京に入ってきた」という。
 「なにげに」は、副詞の「なにげない」から生じた語である。「なにげない」の「ない」は、形容詞や形容動詞の語幹などに付いて形容詞をつくり、その意味を強調する働きをする接尾語である。「あどけない」「切ない」の「ない」と同じである。「なにげに」は、「なにげない」の「ない」を否定の形容詞と考え、「ない」は本来省略できないにもかかわらず省略して「に」に変え、副詞としたものと考えられる。ただし、これについては諸説ある。『岩波国語辞典』は、「なにげに」は「一九八五年ごろからの誤用から広まった」としている。“誤用”だったのだろうか・・・
 「半端ない」は、2018FIFAワールドカップがロシアで開催された際に、初戦コロンビア戦で活躍した大迫勇也選手に対して、「大迫半端ない」という称賛が起こり広まった。ただ、「半端ない」はもともと2009年の高校サッカーで大迫選手が所属する鹿児島城西高に負けた滝川二高の選手が、「大迫半端ないって。あいつ半端ないって」と言ったことから、ファンの間で大迫が試合で活躍したときに使われる称賛のことばだったらしい。
 「ぶっちゃけ」は、俳優の木村拓哉さんが2003年に放映されたテレビドラマ「GOOD LUCK!!」で使ったことから一般化したと考えられている。「ぶっちゃけ」は「ぶちあける(打明)」を強めて言った「ぶっちゃける」の名詞化である。本当のことを言うと、といった意味である。
 「見える化」は、「可視化」と意味は近いが、特に企業活動で、業務の流れを映像や図表などによって誰にでもわかるように表すことを言う。1998年にトヨタ自動車の岡本渉 (わたる)氏 が発表した「生産保全活動の実態の見える化」に登場してから次第に広まったと考えられている。
 それぞれの語は成り立ちや意味も異なり、「国語に関する世論調査」でも使う使わないの割合も異なる。だが、いずれも定着しそうな語で、俗語ではあるが多くの辞典に載りそうな語だと思われる。

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