第493回
「立派やか」
2022年11月21日
友人からなんと読むんだろうと聞かれたのが、今回のタイトルの語である。素直に読めば「りっぱやか」、でもそんな単純な読み方でいいのだろうかと不安になった。そのような語は、聞いたことも見たこともなかったからである。
だが、『日本国語大辞典(日国)』を引いてみて驚いた。りっぱに立項されているではないか。おのれの不明を恥じるしかなかった。
『日国』によれば、いかにもりっぱな感じがするさまという意味の形容動詞で、「やか」は接尾語である。三代目春風亭柳枝の落語『大黒』(1892年)と大辻司郎『漫談集』(1929年)という用例もある。
友人がこの語を見つけたのは牧野信一の『泉岳寺附近』(1932年)という短編小説で、次のように使われている。
「骨董品のやうな重味を持つた立派やかな太鼓で、胴には朱色の房が結ばれ、皮には金泥に漆黒の巴印の紋章が浮んでゐた」
実はこの語は『日国』にしか載っていない。「やか」という接尾語は、『日国』によると、
「(「や」と「か」とを重ねたもの)名詞、形容詞語幹、擬声語など、状態を表わすことばに付いて、形容動詞語幹を構成する。それ自体ではないがそれに近いこと、その状態そのままではないがそれに近い状態であることを表わす。いかにも…である感じがするさま。「はなやか」「きわやか」「あざやか」「おだやか」「こまやか」「ささやか」など」
だという。この語釈の中に例として挙げられている「はなやか」以下の語は、もちろん私だって知っている。だが、「立派やか」に関しては、知らなかったから言うわけではないが、どこか据わりが悪い気がしないでもない。
『日国』で接尾語「やか」の付く語を検索してみると、数え間違えていなければ166語ある。その中には、美しいさまをいう「うつやか」、くっきりしているさまをいう「くきやか」、あざやかなさまをいう「けややか」などといった聞いたことのない語もある。江戸や明治の用例もあるので、かつては使われたが、次第に忘れ去られてしまったものと思われる。
「立派」という語は、『日国』によれば、「おごそかで美しいこと、あるいは、すぐれていること。見事なこと。また、そのさま」という意味である。これに「やか」を付けて、りっぱな感じがするさまという意味で使ってはみたものの、単に「りっぱ」と言った方が対象を強調した意味合いになるので、「りっぱやか」は廃れてしまったのかもしれない。「うつやか」「くきやか」「けややか」なども同様だったのだろうか。
ただ、『日国』で引用した「りっぱやか」の例は2例のみだが、探してみると、牧野信一のほかにも泉鏡花、三上於菟吉、江戸川乱歩、山口瞳などの使用例がある。
「やか」はそれほど造語力が強いわけではなさそうだ。だが、おいしいという意味で「うまやか」とか、楽しいという意味で「たのやか」とか、いくらでも新しい語が作れそうな気がする。そんな語を考えてみるのもおもしろいかもしれない。もっとも、時間の無駄でしかないかもしれないが。
ちなみに牧野信一の『泉岳寺附近』は、赤穂浪士の墓がある泉岳寺前の居酒屋「陣太鼓」の息子、尋常小学校五年生で、わんぱく坊主で悪ガキで、ガキ大将の守吉少年が主人公である。守吉は、仲間を集めての討ち入りごっこが大好きで、店の看板である大事な陣太鼓を持ち出して討ち入りのまねごとをしては父親にしかられていた。「立派やかな太鼓」がその陣太鼓なのである。『泉岳寺附近』は短い作品ながら、悪ガキに振り回される大人たちの姿が活き活きと描かれた作品である。
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■参加費:1000円(税込)
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『日国』によれば、いかにもりっぱな感じがするさまという意味の形容動詞で、「やか」は接尾語である。三代目春風亭柳枝の落語『大黒』(1892年)と大辻司郎『漫談集』(1929年)という用例もある。
友人がこの語を見つけたのは牧野信一の『泉岳寺附近』(1932年)という短編小説で、次のように使われている。
「骨董品のやうな重味を持つた立派やかな太鼓で、胴には朱色の房が結ばれ、皮には金泥に漆黒の巴印の紋章が浮んでゐた」
実はこの語は『日国』にしか載っていない。「やか」という接尾語は、『日国』によると、
「(「や」と「か」とを重ねたもの)名詞、形容詞語幹、擬声語など、状態を表わすことばに付いて、形容動詞語幹を構成する。それ自体ではないがそれに近いこと、その状態そのままではないがそれに近い状態であることを表わす。いかにも…である感じがするさま。「はなやか」「きわやか」「あざやか」「おだやか」「こまやか」「ささやか」など」
だという。この語釈の中に例として挙げられている「はなやか」以下の語は、もちろん私だって知っている。だが、「立派やか」に関しては、知らなかったから言うわけではないが、どこか据わりが悪い気がしないでもない。
『日国』で接尾語「やか」の付く語を検索してみると、数え間違えていなければ166語ある。その中には、美しいさまをいう「うつやか」、くっきりしているさまをいう「くきやか」、あざやかなさまをいう「けややか」などといった聞いたことのない語もある。江戸や明治の用例もあるので、かつては使われたが、次第に忘れ去られてしまったものと思われる。
「立派」という語は、『日国』によれば、「おごそかで美しいこと、あるいは、すぐれていること。見事なこと。また、そのさま」という意味である。これに「やか」を付けて、りっぱな感じがするさまという意味で使ってはみたものの、単に「りっぱ」と言った方が対象を強調した意味合いになるので、「りっぱやか」は廃れてしまったのかもしれない。「うつやか」「くきやか」「けややか」なども同様だったのだろうか。
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「あんぽんたん」「くそくらえ」「極楽とんぼ」「すっとこどっこい」「とちめんぼう」──人をけなす言葉なのに、なんとなく憎めず、どことなく親しみ深い「ののしり語」。文学作品の中でそれらがどのように使われているか具体例を示しながら紹介します。
日比谷カレッジ 第十八回ジャパンナレッジ講演会
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■日時:2022年11月24日(木)19:00~20:30
■場所:日比谷図書文化館地下1階 日比谷コンベンションホール(大ホール)
■参加費:1000円(税込)
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日曜の朝のラジオ日本の対談番組に神永さんが11月のゲストで登場しています。ラスト回、増田明美さんとのあいだで、どんな言葉のお話が展開されるのか。お楽しみに! 放送はラジオ日本で27日の午前9時15分から。
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