日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第494回
伊勢方言と横光利一

 三重県松阪市にある、松浦武四郎の生家を見に行ったときのこと、思いがけず懐かしい語と再会した。
 松浦は幕末から明治にかけて、当時蝦夷地と呼ばれていた北海道に再三調査のために渡り、紀行文や地図を数多く残した人物である。明治維新後、蝦夷地開拓御用掛として新政府から蝦夷地に代わる名称を考えるよう依頼され、松浦が提出したいくつかの候補の中から「北加伊道」が取り上げられ、これが後に「北海道」となった。
 懐かしい語といっても、特別な思い入れのある語ではない。若いときに小説の中で出会って、長い間意味がわからなかった語である。松浦の実家はきれいに保存されていて、その厨房の壁に「主な伊勢弁(松阪弁)」という表が貼られていた。その表の中でその語を見つけたのである。
 「かいだるい」という語なのだが、私は学生時代に横光利一の『王宮』(1938年)という短編小説を読んでいて、その語と出くわした。それは冒頭に出てくる。

 「もの憂くてかひ怠い。歌も聞こえない。午前だのにもう午後のやうである」

 「かひ怠い」などという語を見たことも聞いたこともなかった私は大いに悩んだ。そもそも「もの憂くてかひ怠い」は、一体どこで切れるのかと。「もの憂くてか/ひ怠い」とも思ったが、変である。「ひだるい」という語は知っていたが、空腹であるという意味の語が唐突に使われるわけがない。「もの憂くてか」も意味が通らない。手元の国語辞典を引いても、「かひ怠い」はどれにも載っていなかった。
 この語が、方言だと知ったのは、『日本国語大辞典(日国)』の編集をするようになってからである。横光は「かひ怠い」と書いているが、現代仮名遣いでは「かいだるい」である。
 松浦武四郎誕生地には伊勢市内の小学校で校長をなさっていたかたと訪ねたのだが、「かいだるい」は三重のあたりではよく使う方言だという。その場にいたスタッフも即座に同意していた。
 「かいだるい」は、『日国』には、「かいなだるい(腕弛)」の変化した語として立項されている。「かいな」つまり「腕」がだるいということが原義で、身体や身体の一部が疲れてだるいという意味になったようだ。そこで引用されている例から推測すると、室町時代から江戸時代にかけて多く使われた語らしい。
 この語の変化した語が「かったるい」で、この語だったら私はよく使う。さらに変化した「けったるい」と言うこともある。
 ところで、なぜ横光利一が「かいだるい」を小説の中で使ったかである。横光は福島県東山温泉の生まれだが、幼年時代は父親の仕事の関係で各地を転々としている。比較的長く過ごしたのは、滋賀の大津と母の生家のあった伊賀(現・三重県)の柘植(つげ)である。まさに、「かいだるい」を使う地域で育ったわけだ。
 横光が『王宮』を書いたのは40歳前後のことである。幼少期に育った土地のことばが、自身の語彙として残っていて、何かの拍子に方言とは気づかずに無意識で使ったのかと思うとなんだかおもしろい。

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