日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第499回
「死語」の話

 「死語」と言っても、そうだと言われている「アベック」「チョッキ」「衣紋(えもん)掛け」などのことを書こうと思っているわけではない。ただこれらの語は、私にとってはいまだ「死語」とは言えない。頭の中に普通に浮かんでくる語なのである。だから、「カップル」「ベスト」「ハンガー」と言わないとばかにされると思って、緊張しながら変換している要注意の語なのだ。
 それはさておき、「死語」には二つの意味がある。過去に用いられたことがあるが、現在は全く用いられなくなってしまった単語という意味。そしてもう一つは、古くは使用されていたが、現在では全く通じなくなってしまった言語という意味である。後者は、たとえば楔形 (くさびがた) 文字の記録が残されていて、古代メソポタミアやその周辺地域で使われていたと考えられているシュメール語などである。
 だが、今回話題にしたいのは前者の意味の「死語」である。
 『日本国語大辞典(日国)』によると、この意味の「死語」の用例は、

*松山集〔1365頃〕荅勇侍者書「只是古人之死語、而剽窃沿摘而已矣」

が最も古い。
 『松山集』は、室町時代の僧、龍泉令淬(りゅうせんりょうずい)の詩文集である。龍泉令淬は後醍醐天皇の庶子で、鎌倉後期・南北朝初期の臨済宗の僧虎関師錬(こかんしれん)の弟子である。虎関師錬は『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』という高僧伝の著者として知られている。
 この「死語」の例はけっこう古いものだが、だからといって龍泉令淬の造語ということはないだろう。ただ、室町時代前期から「死語」という語が使われていたのは意外な気がする。何となく新しい語だろうと勝手に思い込んでいたからだ。室町時代から存在している語だとすると、次の江戸時代の用例もほしいところだが、『日国』で引用しているもう一つの例は、司馬遼太郎の『美濃浪人』(1966年)でいきなり新しくなる。明治以降の例は『美濃浪人』以外にもあるが、できればこの二つの例の間を埋める江戸期の例がほしい。今後の課題の一つである。
 ところで、「死語」と同じ意味で使われる語に「廃語」がある。『日国』で引用している例は、以下の例が最も古い。

*読書放浪〔1933〕〈内田魯庵〉万年筆の過去、現在及び未来・毛筆とペン「今日では大福帳なる語が昔の節用にのみ存する廃語となってる」

 ただ、こちらもさらに古い例がほしいと思って探してみると、その名もずばり『猥褻廃語辞彙』なるものがあった。1919年に宮武外骨(みやたけがいこつ)が著したものである。宮武外骨(1867~1955年)はジャーナリストで文化史家だった人である。川柳、江戸風俗、明治文化などを研究し、1901年に大阪で『滑稽(こっけい)新聞』を創刊するなど、風刺記事、戯作 (げさく) によって大いに評判を得たが、しばしば筆禍にあっている。
 『猥褻廃語辞彙』には、書名だけでなく例言にも「廃語」が使われている。

 「予は数年前より猥褻俗語彙の編纂に着手して今は既に総計二千語の多きに達せるが、其中より約三百の廃語を抜記し」

 もちろんこの例が「廃語」の最も古い例だとは言わないが、『日国』としては十数年さかのぼった例を見つけたことになる。ちなみに、この『猥褻廃語辞彙』は「廃語」とはいえ「猥褻語」を集めた内容なので、発刊直後に発禁処分を受けている。その内容を知りたければ、国立国会図書館のデジタルコレクションで見ることができる。
 「死語」同様「廃語」も以前は比較的使われてきた語のようだが、現在は「死語」を使うことの方が多い。「死語」の方が「死」という漢字が含まれるので、インパクトがあるせいかもしれない。「廃語」が「死語」になったとまでは言わないが、おもしろい関係だと思う。

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