日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第85回
音(おん)にだまされてはいけない

 日本語にはその語のもつ音(おん)からの印象で、意味を誤解させられてしまう語があるらしい。
 たとえば、「彼はやおら立ち上がった」というときの「やおら」がそれである。
 文化庁が発表した2006(平成18)年度の「国語に関する世論調査」では、本来の意味である「ゆっくりと」で使う人が40.5%、間違った意味の「急に、いきなり」で使う人が43.7%と、逆転した結果が出てしまったのである。
 「やおら」は、「やはら(柔)」と同源の語だという説もあるくらいで、ゆっくりと動作を起こすさまや、徐々に事を行うさまを表す語である。急激だったり突然だったりするといった力強い意味合いはこの語にはない。にもかかわらず、意味をよく知らない人には、「やおら」と言われると、語の音の印象から急だと言っているように聞こえるのかもしれない。
 似たような語に「押っ取り刀」がある。こちらは、「押っ取り刀で駆けつける」などと使うのだが、急な出来事で刀を腰にさすひまもなく手に持ったままでいることで、急いで駆けつけることの形容に用いる語である。つまり「やおら」とは正反対の意味になる。
 ところが、「おっとり」という同音の語があるため、「のんびり」だと思い込んでいる人が多いという。「押っ取り刀」の「おっとり」の「おっ」は接頭語で、勢いよくする、いきなりするの気持ちをこめてその動詞(この場合は「取る」)の意味を強める語なのである。

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