しかし辞書編集者としては、この会議録には別の興味もある。話しことばの使用例の宝庫なのである。国会会議録を言語資料として利用するのは本来の使い方ではないだろうが、政治家のことばとの付き合いは、もはややめることができなくなっている。
拙著『さらに悩ましい国語辞典』でも書いたことだが、例えば「忸怩(じくじ)」のように、本来のものではない意味で使われている例を見つけることがある。「忸怩」は、本来は自分の行いなどについて恥ずかしく思うさまをいうのであるが、会議録を見ると、残念だ、もどかしい、腹立たしいなどの意味で使われているものが多数ある。どうも自分のことは全然恥じていないらしいのだ。
国会会議録では、政治家が盛んに使うようになって気になることばがあると、その使用実態を調べるということもできる。そのひとつに「しっかり」がある。
「しっかり」は、仕事や勉強などを熱心・着実に行うさまを表す語である。だが、私自身は、子どものころよく母親から「しっかりしなさい」と言われることが多かったので、正直言うとあまり良い印象はない。それを最近の政治家がやたら使うので、かねがね不思議に思っていたのである。
そこで年度別、内閣別にどれくらい「しっかり」が会議録に登場するか調べてみた。我ながら暇だとは思うのだが。
すると、小泉純一郎内閣時代の2002年には925件もの使用例が見つかった。その20年前である1983年の中曽根康弘内閣時代は321件だったので、3倍近くである。国会での「しっかり」が次第に増え始めるのは小泉内閣の前の森喜朗内閣からなのだが、小泉内閣でピークとなる。どうやら小泉内閣によって、国会の「しっかり指数」が上昇したと言えるのかもしれない。しっかりしなければいけない政治家が急に増えたということではないと思うのだが。
その後、民主党政権時代も1983年の2倍以上の件数で推移し、今に至っている。
勝手な想像だが、政治家が盛んに「しっかり」を使うのは、熱心にあるいは着実に行うという姿を強調しようという心理が働いているのかもしれない。だが、多用されればされるほど、「しっかり」の意味が空疎なものにならないか、心配である。
国会会議録からは、このようなことも読み取れるのである。
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