日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第118回
「舌鼓」を何と読むか?

 「山海の珍味に舌鼓を打つ」などと言うときの「舌鼓」、皆さんは何と読んでいるだろうか。
 「舌つづみ」?あるいは「舌づつみ」?
 「舌鼓」は美味しいものを飲み食いしたときに鳴らす舌の音の意味なので、語源を考えれば「舌」+「鼓」である。「鼓」は「つづみ」だから「舌つづみ」が正しいことになる。
 実際、キリシタン宣教師が日本語を習得するために編纂(へんさん)された『日葡辞書』(1603~04)にも「Xitatçuzzumi (シタツヅミ)」とある。
 だが、ことはそれほど単純ではなく、「舌づつみ」もかなり以前から見られる言い方なのである。たとえば、『日本国語大辞典』には、近松門左衛門の浄瑠璃『持統天皇歌軍法(じとうてんのううたぐんぽう)』(1713年)の「母もはなしの舌づつみ宜禰(きね)がつづみの袖神楽」という例が掲げられている。
 「舌つづみ」は決して発音しにくいことばではないと思われるのだが、「舌づつみ」が広まってしまったのはなぜなのであろうか。語源意識が薄れたことと、「うわづつみ(上包)」「こづつみ(小包)」「こもづつみ(薦包)」などのような、連濁形「○○づつみ(-包)」からの類推によって生じたことなどが考えられる。同じ名詞+「鼓」の語に「腹鼓」があるが、面白いことにこの語もやはり「腹つづみ」ではなく「腹づつみ」という語が江戸時代に生まれている。
 このような実態を踏まえて、NHKなどでは「舌つづみ」を第1の読み、「舌づつみ」を第2の読みしている。「腹鼓」も同様である。また多くの国語辞典も「舌づつみ」「腹づつみ」を認めている。
 みんなが間違えて使っていると、いつしかその語の用法として認められてしまうという好例であろう。

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