日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第143回
四国では入れることを「はめる」という

 昨年秋に愛媛県の松山市に行ったときのことである。タクシーに乗って運転手さんと愛媛の地酒の話になった。あいにくその運転手さんは日本酒党ではなかったらしく、あまり会話は弾まなかった。そこで、ふだん何を飲んでいるんですか、と聞いてみたところ、ほとんど焼酎ですという返事が返ってきた。焼酎をお湯で割るのがお好みだったらしい。さらに、「梅干しをはめるとうまいんです」と付け加えた。
 梅干しを「はめる」?
 筆者の頭の中には、コップの口を塞ぐような巨大な梅干しが思い浮かんでしまった。
 もちろん、この「はめる」は「入れる」の意味の方言である。その晩、香川県の出身で、愛媛の方言にも詳しい愛媛大学教授佐藤栄作氏(日本語学)に会ったのでその話をしたところ、いろいろと興味深い話が聞けた。
 「はめる」は共通語ではぴったりと合うように入れ込むという意味だが、「コップに水をはめる」のように「入れる」の意味で使うのは愛媛だけでなく四国全県に見られるのだという。『日本国語大辞典 第2版』の「はめる」の方言欄には徳島県の「自転車に空気をはめる」という例文が紹介されているが、これもよく使う言い方らしい。また「はめる」は他動詞だが、これに対応する自動詞「はまる」も存在し「入る」の意味で使われるそうだ。たとえば「目にゴミがはまる」などのように。
 さらに、徳島県では「はめる」をとても面白い意味で使っているということも教わった。それは、仲間に入れる、加える、という意味だそうで、やはり『日本国語大辞典』には徳島県の「トランプの仲間にはめてくれ」という例文が載っている。これもごくふつうに使う言い方らしい。
 「はめる」のように共通語と同じ語形でありながら意味の違う方言は数多く存在し、しかも使っている側はそれを方言だと気づかずにいる場合が多いそうだ。出身地の異なる人が集まったときは、そんな方言の話をすると盛り上がるかもしれない。

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