日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第148回
“辛党”が好きなものは?

 「Aさんは辛党だ」と言ったとき、みなさんはAさんの好きな食べ物は何だとお考えになるだろうか。
 激辛のもの、あるいは、しょっぱい(塩辛い)もの、はたまた、お酒だろうか。
 正解は、お酒である。ところがこの「辛党」を、激辛のもの、しょっぱい(塩辛い)ものが好きな人という意味で使っている人が増えているようなのだ。インターネットで検索しても、その意味で使っている文章が数多く見つかる。
 だが、国語辞典で「辛党」を引くと、ほとんどの辞典は「酒類を好む人」といった意味になっているはずである。だから、辛い物好き、しょっぱい物好きという意味で使うのは誤りだということになって、話はそれで終わってしまいそうなのだが、実は即座にそう断定できない謎が存在するのである。
 というのは、「辛党」が酒好きの意味で使われるようになったのはそう古いことではなく、さらに辛い物好きの意味としてもけっこう古くから使われていたからである。『日本国語大辞典 第2版』の「辛党(酒好きの意)」の例は、中島梓の『にんげん動物園』(1981)の「極端に辛党なのも影響している」というもので、かなり新しく、しかも、ここからは酒を好む人という意味が読み取れないちょっと残念な例である。
 ところが、「『日国』友の会」という、『日本国語大辞典 第3版』に向けて用例の投稿を公募したサイトには、『趣味の旅 名物をたづねて』(1926年 松川二郎)「辛党、甘党それぞれ好みに従って調味せられる」や、『私は赤ちゃん』(1960年 松田道雄)「固形食の味は、から党には塩気を多くし、甘党には甘味を多くしてやればよろしい」という辛い物好き、または、しょっぱい物好きの例が寄せられているのである。
 一方、酒好きの例は、『日本国語大辞典 第2版』には載せられなかったのだが、『にんげん動物園』よりも古い、種田山頭火の1935年の日記の例「私は酒も好きだが、菓子も好きになつた(中略)、辛いものには辛いもののよさが、甘いものには甘いもののよさがある、右も左も甘党辛党万々歳である」が今のところ初出例である。
 ほぼ同時代から酒好き、辛い物好き、しょっぱい物好きの例がありながら、なぜ酒だけに限定されてしまったのか、辛党を自認している筆者にとっても解けない謎である。

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