日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第173回
「あくどい」は「悪どい」?

 現在使用しているスマートフォンで「あくどい」と書こうとして、文字変換の候補に「悪どい」が出てきて驚いたことがある。第169回で「潔い」を「いさぎ良い」だと思っている人がいると書いたが、「あくどい」の場合は「あく」を「悪」だと思っている人がけっこういるということなのだろうか。
 お手もとに国語辞典があったら、「あくどい」を引いてみて欲しい。「悪どい」などという表記は示されていないはずである。あったとしても、「悪どい」は誤り、あるいは俗な表記だと書かれていると思う。
 「あくどい」の語源は『日本国語大辞典 第2版』を見ると以下の諸説がある。
(1)クドイに接頭語アのついた語〔大言海〕。
(2)アクツヨイ(灰強)の略〔菊池俗言考〕。
(3)アクドイ(灰汁鋭)の意〔国語拾遺語原考=久門正雄〕。
(4)アク(灰汁)クドイの約〔両京俚言考〕。
 (1)の『大言海』(大槻文彦著の国語辞典。1932~37刊)だけ異なるが、あとは「あく」は「灰汁」だと見ている。
 「あくどい」は、ものごとが度を超えていていやな感じを受ける場合に用いる語で、それが色だったり、味だったり、やり方だったり、性格だったりするわけである。だとすると「あく」を「灰汁」(植物の中に含まれるえぐみ渋みの元になる成分)と考える語源説は妥当なものとだと思われる。
 ちなみに「あくどい」は接頭語「あ」+「くどい」だという少数派の説の『大言海』は、語源の記述が多い辞書としても有名なのだが、「灰汁」を引くと、「アクドシのアクか」と言っている。これだと、 「あ・くどし」が「あくどし」になり、それから「あく(灰汁)」という語が生まれたことになってしまう。
 それはさておき、少なくとも「あく」は、「悪」ではないということだけは確かなのである。

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