日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第176回
「おもむろに」はどういう動作?

 「おもむろに席を立つ」と言ったときの「おもむろに」を、皆さんはどういう意味だとお思いだろうか。もちろん正しい意味は、動き方がゆっくりしているさま、落ち着いて行動するさまということなのだが、これを「突然に」「不意に」の意味だと思い込んでいる人がけっこういるらしいのだ。
 以前、日本語にはその語の音(おん)から受ける印象で、意味を誤解させられてしまうものがあるらしいということで、「やおら」を取り上げたことがある(第85回「音(おん)にだまされてはいけない」)。これと同じで、「おもむろに」も「突然」「不意」という意味に感じられるような音(おん)をしているのであろうか。
 「おもむろに」は漢字を当てると「徐に」である。けっこう難読語かもしれないが、「徐」は「徐行」の「徐」で、ゆっくりという意味の漢字である。その「徐」だとわかれば、「突然」「不意」の意味だと思うことはないであろう。
 だが、もう一度冒頭に示した例文を読んでみて欲しい。「おもむろに席を立つ」と言われると、ゆっくりなのか不意なのか、文脈からは意味を判断しにくいような気がしないでもない。これは、「おもむろに」を「やおら」に置き換えて、「やおら席を立つ」と言っても同様かもしれない。つまり、「おもむろに」や「やおら」は、その音(おん)だけでなく、本来の意味を知らずに文脈から意味を判断しようとすると、反対の意味に取れてしまう可能性も考えられるということなのである。
 このように「おもむろに」を誤解している人が増えているという実感があったため、筆者が編集を担当した『現代国語例解辞典』では第4版(2006年刊)から、「『突然に、不意に』の意で使われることもあるが誤用。」という注記を入れた。
 意味に自信がなければ、先ず辞書を引いていただきたい。それが誤用の広まりを防ぐ第一歩だと思われるので。
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