日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第186回
土下座

 少し前だがNHKテレビの「クローズアップ現代」という番組で、「土下座」を強要する社会風潮について取り上げていた。
 話題となったテレビドラマ「半沢直樹」や、北海道の衣料量販店で起きた客のツイッターへの投稿画像などの話題を受けてのことのようで、たいへん刺激的な内容であった。
 番組の冒頭でも触れられていたように、今でこそ「土下座」は謝罪の行為であるとみなされているが、そのような意味で使われるようになったのはそれほど古い話ではない。本来「土下座」は、貴人の通行の際にひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をしたこと(『大辞泉』)をいったのである。
 「土下座」に謝罪の意味が加わったのは、第二次世界大戦後のことらしい。「クローズアップ現代」のスタッフも最初はそういった方面からのアプローチも考えたようで、「土下座」の意味の変化について『日本国語大辞典』の編集委員である松井栄一氏のところにわざわざ取材に来た。だが、番組ではなぜかその映像はすべてカットされてしまった。筆者も以前、NHKのことばに関する番組で長時間お付き合いした映像をすべてカットされるという苦い(?)経験があるので、NHKにとってはそれも普通のことなのであろう。
 「土下座」に謝罪の意味が加わったのは比較的新しいという話はけっこう面白いと思うので、せっかくだから当コラムで紹介してみたい。
 謝罪の意味で「土下座」が使われるようになったのはどうやら戦後のことらしいと書いたが、『日本国語大辞典 第二版』の用例も1955年の堀田善衛の『記念碑』が現時点では初出である。『日本国語大辞典』の第一版ではこの意味は載せておらず、第二版からこの用例とともに載せた意味なのである。他の辞典も謝罪の意味を載せるようになったのは1970年代以降のことで、戦前の辞書にはこの意味はない。
 第二次世界大戦後にどういった事情があって「土下座」に謝罪の意味が加わったのだろうか。そんな疑問をたまたま「辞書引き学習」の発案者である深谷圭助氏(中部大学准教授)にぶつけてみたら、テレビドラマの『水戸黄門』の影響ではないかというご指摘を受けた。『水戸黄門』の放送開始は1969年なので『記念碑』より後だが、時代はほぼ一致する。ただ、クライマックスの「土下座」は葵の紋所に畏れ入っているのであって、謝罪ではなかったはずである。だが、それが次第に視聴者に謝罪と取られるようになった可能性は否定できない。
 どなたかその辺の事情を研究する人はいないであろうか。

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