日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第211回
話題の山梨弁を『日国』で読む

 NHKの連続テレビ小説『花子とアン』で使われている山梨弁が話題になっているという。昨年の『あまちゃん』で使われた岩手弁の「じぇじぇじぇ」が新語・流行語大賞を受賞したが、今年も受賞することばが出てくるかもしれない。
 最初にひとつお断りをしておく。番組によく出てくる山梨弁のうち、最も新語・流行語大賞に近いと思われる、しっかりの意味の「こぴっと」だけが、『日国』(『日本国語大辞典 第2版』)にはないのである。理由はよくわからない。
 まずは、驚いたときに発する「て」。これは、「(「はて」または、「さて」の変化した語)驚きや感動の気持を表わす語。」として、浄瑠璃『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)』(1832年)の「コレハコレハ結構なお扇子、ムム金地に朝顔、テ見事」という用例が添えられている。ただし、方言では「て」ではなく「で」と濁っていて、分布地域は参考にした資料から、「山梨県、南巨摩郡」となっている。すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、昨年流行した「じぇ」に近い語なのである。
 「おらのことは花子と呼んでくりょう」と使われていた「くりょう」は、「くりょ(呉)」で、「相手に物事を求めることば。ください。くれ。補助動詞としても用いる。」とある。分布地域は全国にまたがっていて、「くりょう(くりょお)」を使うのは、やはり参考資料から「山梨県、静岡県、愛知県南設楽郡、香川県小豆島」であることがわかる。静岡県の「おんにも(僕にも)してくりょー」という用例も添えられている。
 「おはようごいす」の「ごいす」は、「ござる」からで、丁寧語で、あります、ございますの意のようだ。「ごいす」の分布地域は、「青森県津軽、福井県、山梨県、広島県三次、山口県」である。
 「おっかあ早くいっけし(=行きなよ)」の「し」は、「尊敬の助動詞「しゃる」の命令形「しゃれ」が「しゃい」となり、さらに「せえ」となり「し」と変化したもの」で、しかもこの語は、江戸の語だという。江戸語が地方に波及したのであろうか。この「し」の分布は、千葉県君津郡、石川県鹿島郡、山梨県、大阪府泉北郡などである。
 面白いと思ったのは、「じゃん」が出てくること。「じゃん」は横浜周辺で広まった方言と言われているが、それはけっこう新しく、静岡、山梨で使われていた「じゃん」が生糸の流通とともに横浜に広まったという説もあるので、こちらが本家本元だろう。分布地域は、東京都新島、山梨県、長野県上伊那郡、下伊那郡、静岡県志太郡などとなっている。
 ところでなぜ「こぴっと」が『日国』にないのか。実は筆者がよく参考にしている比較的最近刊行された、『都道府県別全国方言辞典』(佐藤亮一編 三省堂)や『出身地(イナカ)がわかる方言』(篠崎晃一+毎日新聞社 幻冬舎文庫)にも、「こぴっと」は見当たらない。山梨の人にとって「こぴっと」は当たり前すぎて方言とは意識されないか、比較的新しい方言なのか、あるいは使用地域がかなり限られているのか、その理由は今ひとつはっきりしない。

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