日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第264回
「よい」と「いい」

 「今日は天気がよい」とも「今日は天気がいい」とも言う。何か違いがあるのか。また、「よい」と「いい」はどういう関係なのかという質問を受けた。
 この2語に意味の大きな違いはなく、どちらも物事の性質、状態、様子、機能などが好ましく、満足すべきさまであるという意味である。だが、ことばとしては「よい」のほうが格段に古い。「よい」の文語形は「よし」だが、『日本書紀』『万葉集』といった奈良時代や平安時代初期の文献にも用例が多数ある。
 これに対して「いい」はかなり新しい。最も古いものは江戸時代中期の用例である。このようなこともあって、『日本国語大辞典』は、「江戸時代前期に見られる『えい』の関東なまりとして生じた語か。」と推定している。この「えい」は、たとえば、『雑兵物語』(1683頃)にも「もはやゑい時分だ程に今にこべい」などとある。『雑兵物語』は江戸時代の兵法書で、雑兵(下級武士)の心得を説いたものだが、江戸初期の口語資料としても貴重である。文中の「こべい」にも注目していただきたいのだが、この「べい」は「べいべいことば」「関東べい」といわれた「べい」である。「こべい」で、来るにちがいないといった意味である。
 「えい」は『日本国語大辞典』によると、
 「明和、安永頃(1764〜81)から広まり使われたらしく、明和八年(1771)頃「遊子方言・発端」には通り者が「ゑい」を用い、明和八年「俠者方言」に「ゑゑ」が見えるなど、俠(きお)い者や、それに近い人から用い始めたようである。」とある。
 「通り者」「俠い者」とは、義俠・任俠をたてまえとしている者、つまり俠客(きょうかく)のことである。
 このように口頭語として使われていた「えい」が「いい」となり、徐々に文章語にも定着し、意味も「よい」と同じように用いられるようになるのである。
 以上のことからもおわかりのように、「よい」は文章語的、「いい」は話しことば的と言える。だが、それ以外にも大きな違いがある。
 「よい」は形容詞としての活用をすべて持っているのに対して、「いい」は終止形(「……したほうがいい」など)と連体形(「いい感じ」など)の用法しかない。このため、「よい」と「いい」を別語と考えずに、「よい」の終止形・連体形に「よい」と「いい」の両形があるとする立場もある。
 しかし、最近は「よい」よりも「いい」の方が優勢になりつつあるため、終止形と連体形に限っては「よい」を使うと文語的なニュアンスを持つと受け止められることが多くなった。
 たとえば「頭がよい」と「頭がいい」、「腕のよい料理人」「腕のいい料理人」などの違いである。
 なお、「いい」には、終止形・連体形以外の活用形「よく・よかった」(連用形)や「よければ」(仮定形)などに当たる形はないと書いたが、実は方言としては「いく」「いかった」などの形も見られるのである。日本語は本当に面白い。

キーワード: