第297回
「有り金を叩く」
2016年01月25日
「へそくりを叩いて腕時計を買う」などというとき、皆さんは「叩いて(叩く)」を何と言っているであろうか。大方は「はたいて(はたく)」ではないかと思う。ところが、「たたいて(たたく)」と言っている人もいるようなのである。もともと、財産や持ち金を全部使いつくすという意味の場合は「はたく」が使われ、「たたく」が使われることはなかったのであるが。
そもそも「はたく」と「たたく」とでは、手や手で持ったもので何かを打つという意味では共通しているが、ニュアンスがかなり異なる。
「はたく」の原義は、砕いて粉末にする、粉にするという意味で、「搗(つ)く」の意味に近い。これが、うち払う、払いのけるという意味になり、さらにごみやほこりをたたいて落とすという意味になる。「ほこりをはたく」などというときの「はたく」はこの意味で、そうするための「はたき」と呼ばれる道具まである。財産や持ち金を全部使いつくすという意味はおそらくこの意味から派生したものであろう。「財布をはたく」などという言い方は、まさに中身をすべてたたいて落とすということを表しているものと思われる。
一方「たたく」は、何度も繰り返して打つ、続けて打つという意味が原義である。しかも、「たたく」には「はたく」にはある「払いのける」という意味は元来なかったのである。
ところが、「はたく」も「たたく」も漢字では「叩く」と書かれる。国語辞典の表記欄でも、「はたく」「たたく」ともに「叩く」という漢字表記が示されているはずである。ただ、この「叩」という漢字は常用漢字ではないため、通常はともに仮名書きにされることも多い。また、「叩」は字音は「コウ」だが、字訓は漢和辞典でも「たたく」しか載せていないものが多いため、「はたく」は仮名書き、「たたく」は「叩く」と使い分けられることもある。
従って「有り金(へそくり)をはたく」という場合は、「はたく」をわざわざ漢字にするとかえって混乱を招くことになるのだが、どうやら実際にその混乱が生じ始めているというわけである。
このようなこともあって、最近は国語辞典によっては「たたく」に財布のお金をすっかり使うという意味を載せているものが出始めている(『明鏡国語辞典』『大辞泉』など)。『日本国語大辞典』にも残念ながら実際の使用例は示されていないのだが、すっかり使い果たすという意味が載せられているのである。
ただし、このような意味の「たたく」は最近生まれた言い方かというと、必ずしもそういうわけではない。織田作之助の未完の小説『土曜夫人』(1946年)にも、
「なけなしの金をたたいてずるずると梯子酒を続けようというのは、飲み足らぬというよりは、むしろアパートへ帰るのがいやだったからだ」
と使われているのである。
「はたく」と「たたく」では「は」「た」の違いだけなので音も似ていなくもない。「有り金をたたく」という言い方はそういったこともあって、目立たないがだいぶ前からじわじわと広まっているのかもしれない。
そもそも「はたく」と「たたく」とでは、手や手で持ったもので何かを打つという意味では共通しているが、ニュアンスがかなり異なる。
「はたく」の原義は、砕いて粉末にする、粉にするという意味で、「搗(つ)く」の意味に近い。これが、うち払う、払いのけるという意味になり、さらにごみやほこりをたたいて落とすという意味になる。「ほこりをはたく」などというときの「はたく」はこの意味で、そうするための「はたき」と呼ばれる道具まである。財産や持ち金を全部使いつくすという意味はおそらくこの意味から派生したものであろう。「財布をはたく」などという言い方は、まさに中身をすべてたたいて落とすということを表しているものと思われる。
一方「たたく」は、何度も繰り返して打つ、続けて打つという意味が原義である。しかも、「たたく」には「はたく」にはある「払いのける」という意味は元来なかったのである。
ところが、「はたく」も「たたく」も漢字では「叩く」と書かれる。国語辞典の表記欄でも、「はたく」「たたく」ともに「叩く」という漢字表記が示されているはずである。ただ、この「叩」という漢字は常用漢字ではないため、通常はともに仮名書きにされることも多い。また、「叩」は字音は「コウ」だが、字訓は漢和辞典でも「たたく」しか載せていないものが多いため、「はたく」は仮名書き、「たたく」は「叩く」と使い分けられることもある。
従って「有り金(へそくり)をはたく」という場合は、「はたく」をわざわざ漢字にするとかえって混乱を招くことになるのだが、どうやら実際にその混乱が生じ始めているというわけである。
このようなこともあって、最近は国語辞典によっては「たたく」に財布のお金をすっかり使うという意味を載せているものが出始めている(『明鏡国語辞典』『大辞泉』など)。『日本国語大辞典』にも残念ながら実際の使用例は示されていないのだが、すっかり使い果たすという意味が載せられているのである。
ただし、このような意味の「たたく」は最近生まれた言い方かというと、必ずしもそういうわけではない。織田作之助の未完の小説『土曜夫人』(1946年)にも、
「なけなしの金をたたいてずるずると梯子酒を続けようというのは、飲み足らぬというよりは、むしろアパートへ帰るのがいやだったからだ」
と使われているのである。
「はたく」と「たたく」では「は」「た」の違いだけなので音も似ていなくもない。「有り金をたたく」という言い方はそういったこともあって、目立たないがだいぶ前からじわじわと広まっているのかもしれない。
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