第331回
「かねて」と言うべきか、「かねてから」と言うべきか?
2016年09月19日
「かねてからの希望どおり、会社を辞めて自分の店をもった」
この文章を読んで、「おや?」っとお思いなった方はどれくらいいらっしゃるだろうか。何が問題なのかというと、「かねてから」という言い方である。
実は、この「かねてから」は意味が重複するいわゆる重ねことばなので、新聞などでは避けるべきであるとされているのである。
たとえば時事通信社の『用字用語ブック』でも、「かねてから」は重複表現であるとして、「かねて」と書くべきだとしている。ほかの新聞社の用字用語集も同様なので、例外があるかもしれないが、新聞記事はほとんど「かねて」と書かれているはずである。「かねて病気療養中のところ……」などのように。
では、なぜ「かねてから」が重複表現になるのだろうか。「かねて」は、動詞「かぬ(兼)」の連用形に接続助詞「て」がついたものであるが、「兼ぬ」には一つの物が二つ以上の働きを合わせもつという意味のほかに、将来のことまで考える、予想するという意味もあった。この意味の「兼ぬ」に「て」がついて一語化し、副詞として使われるようになり、「以前から」「あらかじめ」の意味になっていくのである。だからそれに「から」をつけて「かねてから」とすると、以前からという意味が重なってしまうというわけである。
確かにその通りなのだが、「かねてから」という語はけっこう古くから使われているのである。たとえば、幸田露伴の小説『五重塔』(1891~92)には、
「いづれ親方親方と多くのものに立てらるる棟梁株とは、予(かね)てから知り居る馴染のお伝という女が」
という例がある。
さらに、「かねてから」よりも古い「かねてより」という言い方も存在する。こちらなどは、『日本国語大辞典』によれば、『古今和歌集』や『源氏物語』といった平安時代の用例がある。
このように「かねてから」「かねてより」の用例が古くからある存在することから、これらを歴史的に見れば重ねことばとは言えないと考えて、国語辞典では「かねて」の例文の中に「かねてから」「かねてより」の形も同時に示しているものが多い。
新聞の立場と辞書の立場とが異なっている語の1つである。
★神永曉氏、語彙・辞書研究会「辞書の未来」に登場!
「日本語、どうでしょう?」の著者、神永さんが創立25周年の語彙・辞書研究会の第50回記念シンポジウムにパネリストとして参加されます。現代の日本において国語辞書は使い手の要望に十分応えられているのか? 電子化の時代に対応した辞書のあり方とは一体どういうものなのか? シンポジウム「辞書の未来」ぜひご参加ください。
語彙・辞書研究会第50回記念シンポジウム「辞書の未来」
【第1テーマ】日本語母語話者に必要な国語辞書とは何か
[パネリスト]
小野正弘(明治大学教授)
平木靖成(岩波書店辞典編集部副部長)
【第2テーマ】紙の辞書に未来はあるか
――これからの「辞書」の形態・機能・流通等をめぐって
[パネリスト]
林 史典(聖徳大学教授)
神永 曉(小学館 出版局「辞書・デジタルリファレンス」プロデューサー)
日時 2016年11月12日(土) 13時15分~17時
会場 新宿NSビル 3階 3J会議室
参加費【一般】1,800円【学生・院生】1,200円 (会場費・予稿集代等を含む)
くわしくはこちら→http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/50/index.html
この文章を読んで、「おや?」っとお思いなった方はどれくらいいらっしゃるだろうか。何が問題なのかというと、「かねてから」という言い方である。
実は、この「かねてから」は意味が重複するいわゆる重ねことばなので、新聞などでは避けるべきであるとされているのである。
たとえば時事通信社の『用字用語ブック』でも、「かねてから」は重複表現であるとして、「かねて」と書くべきだとしている。ほかの新聞社の用字用語集も同様なので、例外があるかもしれないが、新聞記事はほとんど「かねて」と書かれているはずである。「かねて病気療養中のところ……」などのように。
では、なぜ「かねてから」が重複表現になるのだろうか。「かねて」は、動詞「かぬ(兼)」の連用形に接続助詞「て」がついたものであるが、「兼ぬ」には一つの物が二つ以上の働きを合わせもつという意味のほかに、将来のことまで考える、予想するという意味もあった。この意味の「兼ぬ」に「て」がついて一語化し、副詞として使われるようになり、「以前から」「あらかじめ」の意味になっていくのである。だからそれに「から」をつけて「かねてから」とすると、以前からという意味が重なってしまうというわけである。
確かにその通りなのだが、「かねてから」という語はけっこう古くから使われているのである。たとえば、幸田露伴の小説『五重塔』(1891~92)には、
「いづれ親方親方と多くのものに立てらるる棟梁株とは、予(かね)てから知り居る馴染のお伝という女が」
という例がある。
さらに、「かねてから」よりも古い「かねてより」という言い方も存在する。こちらなどは、『日本国語大辞典』によれば、『古今和歌集』や『源氏物語』といった平安時代の用例がある。
このように「かねてから」「かねてより」の用例が古くからある存在することから、これらを歴史的に見れば重ねことばとは言えないと考えて、国語辞典では「かねて」の例文の中に「かねてから」「かねてより」の形も同時に示しているものが多い。
新聞の立場と辞書の立場とが異なっている語の1つである。
★神永曉氏、語彙・辞書研究会「辞書の未来」に登場!
「日本語、どうでしょう?」の著者、神永さんが創立25周年の語彙・辞書研究会の第50回記念シンポジウムにパネリストとして参加されます。現代の日本において国語辞書は使い手の要望に十分応えられているのか? 電子化の時代に対応した辞書のあり方とは一体どういうものなのか? シンポジウム「辞書の未来」ぜひご参加ください。
語彙・辞書研究会第50回記念シンポジウム「辞書の未来」
【第1テーマ】日本語母語話者に必要な国語辞書とは何か
[パネリスト]
小野正弘(明治大学教授)
平木靖成(岩波書店辞典編集部副部長)
【第2テーマ】紙の辞書に未来はあるか
――これからの「辞書」の形態・機能・流通等をめぐって
[パネリスト]
林 史典(聖徳大学教授)
神永 曉(小学館 出版局「辞書・デジタルリファレンス」プロデューサー)
日時 2016年11月12日(土) 13時15分~17時
会場 新宿NSビル 3階 3J会議室
参加費【一般】1,800円【学生・院生】1,200円 (会場費・予稿集代等を含む)
くわしくはこちら→http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/50/index.html
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