日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第334回
「グラブ」と「グローブ」

 私が子どもの頃、近所の友人たちとの間でいちばん人気のあった遊びは、三角ベースであった。ある程度の年配の方ならご記憶だろうが、本塁以外に二つの塁を設け、三角形を作って行なう野球を変形した遊びである。ちょっとした空き地があればどこででもでき、バットとボールとグローブがあれば、みんな長嶋選手や王選手のような気分になれた。
 今、「グローブ」と書いたが、ボールを受けるのに用いる革製の手袋のことは間違いなくそう呼んでいた。だが、最近はこれを「グラブ」という人のほうが多いらしい。
 いつからそのようなことになったのかよくわからないのだが、もとは英語のgloveで、発音はグラヴに近いから、本来の発音に近づいたということなのかもしれない。なぜ「グローブ」と発音されていたのかも不明であるが、地球や天体を意味するglobe(日本語だと「グローブ」)と同じように発音すると考えて、「グローブ」と言うようになってしまったのかもしれない。

 『日本国語大辞典』(『日国』)によれば、野球の「グローブ」の語が見えるのは、『新式ベースボール術』(高橋雄次郎著 1898年)からである。それによると、「投手の『グローブ』一円より一円廿銭迄」とある。野球が日本に伝わったのは明治初期のことで、その当時この用具のことをなんと呼んでいたのか不明だが、この本が書かれた明治の中頃以降になると「グローブ」がかなり広まっていたのかもしれない。それにしてもこの時代の1円だから、かなり高価なものだったのであろう。
 現在では、NHKなどでは、野球は「グラブ」、ボクシングは「グローブ」と使い分けているようである。だが、一般的にはそのようにきれいに使い分けてはいないことのほうが多いのではないか。
 『日国』でも、ボクシングで「グラブ」を使っている例も引用している。

*太陽の季節(1955)〈石原慎太郎〉「ジムはがらんとしていた。〈略〉壁に掛けられたシュウズにグラブ」

 このようなことから、1991(平成3)年の内閣告示「外来語の表記」でも、「『グローブ』と『グラブ』のように、語形にゆれのあるものについて、その語形をどちらかに決めようとはしていない」と、判断を避けている。もっともなことである。

★神永曉氏、語彙・辞書研究会「辞書の未来」に登場!
「日本語、どうでしょう?」の著者、神永さんが創立25周年の語彙・辞書研究会の第50回記念シンポジウムにパネリストとして参加されます。現代の日本において国語辞書は使い手の要望に十分応えられているのか? 電子化の時代に対応した辞書のあり方とは一体どういうものなのか? シンポジウム「辞書の未来」ぜひご参加ください。

語彙・辞書研究会第50回記念シンポジウム「辞書の未来」
【第1テーマ】日本語母語話者に必要な国語辞書とは何か
[パネリスト]
小野正弘(明治大学教授)
平木靖成(岩波書店辞典編集部副部長)
【第2テーマ】紙の辞書に未来はあるか
――これからの「辞書」の形態・機能・流通等をめぐって
[パネリスト]
林 史典(聖徳大学教授)
神永 曉(小学館 出版局「辞書・デジタルリファレンス」プロデューサー)

日時 2016年11月12日(土) 13時15分~17時
会場 新宿NSビル 3階 3J会議室
参加費【一般】1,800円【学生・院生】1,200円 (会場費・予稿集代等を含む)
くわしくはこちら→http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/50/index.html

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