日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第337回
「たんぱく質」か?「タンパク質」か?

 「たんぱく質の多い食品」などと言うときの「たんぱく質」だが、「たんぱく」をどのように表記しているだろうか。「たんぱく質」だろうか、あるいは「タンパク質」だろうか。「たん白質」「タン白質」と書くという方は、まずいらっしゃらないと思うが。
 本来の表記は何かというと、「蛋白質」である。
 「蛋白質」の「蛋」という漢字は卵という意味で、「蛋白」は卵の白身、卵白の意味もある。卵白は「たんぱく質」に富んでいることから、関連付けられて生まれた語なのかもしれない。
 「蛋白質」の例は、『日本国語大辞典』(『日国』)によれば、幕末の文久2年(1862年)に刊行された司馬凌海(しば・りょうかい)による医書『七新薬(しちしんやく)』がもっとも古い。司馬凌海は、佐渡出身の洋学者、医者である。
 そこには、

 「土質・金質及び蛋白質と相結合して以て其功を発す」

 とある。「蛋白質」はおそらく司馬凌海による造語ではないであろうが、この時期さまざまな分野で盛んに翻訳語が作りだされていることから、ほぼ幕末期に生まれた語だと考えていいのかもしれない。
 そのものを表記するとき、平仮名にするか片仮名にするかということは、外来語(室町以降に欧米から入ってきた語)や動植物名はふつう片仮名で書くようにしている。だが、「蛋白」はそのいずれでもないから、あえて「タンパク」と片仮名で書く必要はないことになる。にもかかわらず片仮名書きにされるのは、学術用語(学問・技術に関する用語のうち、共通の理解のもとに統一して用いられるように選定された術語)では「タンパク質」と片仮名書きだからである。
 しかし、だからといって新聞社の用字用語集や国語辞典などは、全面的に学術用語に従っているわけではない。国語辞典の見出しは、外来語ではないので、「たんぱく」と平仮名表示である。
 一方、新聞では揺れているようで、時事通信社『用字用語ブック』では「たんぱく質」と平仮名書きにして注記として「学術用語は『タンパク質』」ということを載せているが、共同通信社の『記者ハンドブック』は「タンパク質」と片仮名書きである。
 もちろん、どちらか一方が正しいということはない。

★神永曉氏、語彙・辞書研究会「辞書の未来」に登場!
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語彙・辞書研究会第50回記念シンポジウム「辞書の未来」
【第1テーマ】日本語母語話者に必要な国語辞書とは何か
[パネリスト]
小野正弘(明治大学教授)
平木靖成(岩波書店辞典編集部副部長)
【第2テーマ】紙の辞書に未来はあるか
――これからの「辞書」の形態・機能・流通等をめぐって
[パネリスト]
林 史典(聖徳大学教授)
神永 曉(小学館 出版局「辞書・デジタルリファレンス」プロデューサー)

日時 2016年11月12日(土) 13時15分~17時
会場 新宿NSビル 3階 3J会議室
参加費【一般】1,800円【学生・院生】1,200円 (会場費・予稿集代等を含む)
くわしくはこちら→http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/goijisho/50/index.html

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