日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第341回
「じゅず」を漢字で書くと、「数」と「珠」の順序はどうなるの?

 仏を拝むときなどに手にかけてつまぐる仏具を「じゅず」と言う。この「じゅず」を漢字で書こうとするとき、パソコンのワープロソフトを使えば「数珠」と正しく変換してくれるであろう。だが、手書きの場合、「数珠」か「珠数」か、「数」と「珠」の順序で悩みそうな気はしないだろうか。実は昔の人も、われわれ現代人と同じような混乱をきたしていたのである。
 そもそも、「じゅず」という言い方が定着するのは、近世になってからのようで、『日本国語大辞典』によれば、最も古い確実な例は、キリシタン宣教師の日本語修得のためにイエズス会が刊行した辞書『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603~04)である。そこには、「Iuzuuo (ジュズヲ) ツマグル、または、クル」とある。
 「じゅず」という言い方が定着するまでは、「ずず」「じゅじゅ」などという読みも存在していた。また、表記も固定していたわけではなく、「数珠」の他に「誦珠」「念珠」「頌数」とも書かれていた。しかも、一休さんとして親しまれている一休宗純(1394―1481)が、禅の立場から仏道修行の心構えを説いた『一休仮名法語』には、「手には百八煩悩のきづななる珠数をつまくり二世三世を祈り」のように、「珠数」と書かれたものまである。
 だが、室町時代以降は「数珠」という表記が次第に代表的なものとして定着していく。
 ただ、「珠数」という表記が廃れたわけではなく、「数珠」と並行して使用されていたため、面白いことにさらに「珠数」と書いて「ずじゅ」と読む新しい言い方まで生まれている。そもそも、「数(かず)」にも「珠(たま)」にも、ジュやズの音はなく、「数」は、漢音がス、呉音がシュ、「珠」は漢音・呉音ともにシュなのだが。
 明治以降も、「珠数」の表記だけは存在し、森鴎外、幸田露伴、泉鏡花、谷崎潤一郎などに使用例がある。
 昔の人もかように混乱していたので、われわれが迷うのも許してもらえそうな気がするのだが、現在は「常用漢字表」の「付表」に「数珠」の表記が示されているので、「珠数」は認めてもらえないのかもしれない。

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