日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第356回
「屈服」と「降伏」

 『現代国語例解辞典』(小学館)の第5版(2016年)の帯に、「1億語を超える国立国語研究所の日本語コーパスを全面的に活用!」とあり、このコーパスの検索結果をグラフ化したコラムがこの版から新たに加わった。コーパスとは、データベース化された大規模な言語資料のことで、言語を分析するための基礎資料になるとして期待されているものである。
 その『現代国語例解辞典』のコラムの中に、「屈服・屈伏」と「降伏・降服」で、「ふく」の漢字表記が、「服」と「伏」とどちらが優勢かということをコーパスを使って調査したものがある。実際の数値は表示されていないのだが、それを見ると、「屈服」と「屈伏」では前者が3分の2、後者が3分の1の割合となっている。また、「降伏」と「降服」では、ほとんどが「降伏」の表記である。
 それぞれの意味は、「屈服(屈伏)」は「相手の力、勢いに負けて従うこと。力尽きて服従すること」(『現代国語例解辞典』)、「降伏(降服)」は「戦いに負けたことを認めて、敵に従うこと」(同)である。
 「服」と「伏」は、白川静著『字通』(平凡社)によると、ともにつきしたがうという意味で、「字源は異なるが、声義に通ずるところがある」という。つまり、別の漢字ではあるが音と意味は通じるところがあるというわけである。
 そうであるなら、「屈服」「屈伏」も「降伏」「降服」もどちらを書いても構わないはずで、実際『日本国語大辞典』の用例を見ると、二語とも古くから「服」「伏」いずれの例も存在する。
 だが、国語辞典の表記欄を見ると、必ずしもそういうことにはなっていないのである。
 「くっぷく」はほとんどの国語辞典では「屈服」「屈伏」の表記を示しているのだが、「屈服」の表記を優先させているのは、『明鏡国語辞典』『三省堂国語辞典』『現代国語例解辞典』などである。ところが、『岩波国語辞典』『新明解国語辞典』では「屈伏」の表記を優先させている。
 一方、「こうふく」は、ほとんどの辞典は「降伏」「降服」の表記を示して「降伏」を優先させているのだが、『新明解国語辞典』は見出しの表記欄には「降伏」しか示さず、項目の末尾に「『降服』とも書く」として他の辞典とは異なる扱いをしている。
 新聞ではどうかというと、報道界が統一使用する語として、「屈服」「降伏」を使うとしている。
 冒頭のコーパスの検索結果によれば、「こうふく」は「降伏」が圧倒的多数を占めているのに、「くっぷく」は「屈服」だけでなく「屈伏」もいまだに勢力を保ち続けているわけで、これは辞典での扱いの揺れが反映しているとみなすべきなのかもしれない。

神永さんがジャパンナレッジ講演会に登場!
忖度、そもそも、忸怩、すべからく……国の最高機関である国会においても、本来の意味や使い方とは違う日本語がたくさん出現しています。国語辞典ひとすじ38年目の編集者が巷で話題の日本語をピックアップ。それぞれの言葉の歴史を紐解き、解説します。

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