第375回
「めし」と「ごはん」

 世の中のちょっとした「差」に注目したテレビのバラエティー番組がある。その番組から声がかかり、時折ことばの差についてコメントしたり、情報収集のお手伝いをしたりしている。
 ある時、「めし」と「ごはん」の差について質問を受けた。そのことについて結局私は番組の中でコメントすることはなく、料理史の研究家が出演したようであるが、ことばの面から見ると面白いテーマなので触れておきたい。
 その質問項目に、熱々のときは「ご飯」で、冷たくなったら「めし」と呼ばれていたという説があるらしいのだが、どう思うかというものがあった。そのような説は初めて聞いたのだが、インターネットで検索してみると、確かにそのように述べている人がいる。ところが、残念なことにその根拠は示されていない。「冷や飯(めし)」とか「冷や飯食い」とかいうことばはあるが、「めし」と「ご飯」の違いは温度の問題ではない。重要なのは、そのことばがどういう経緯で生まれたかということなのである。
 「めし」は何となく俗語のような印象を受けるが、「食べる」の尊敬語で召し上がるという意味の動詞「めす(召す)」の名詞化によって生まれた語だと考えられている。召し上がるものという意味である。『日本国語大辞典』によるとこの語が使われるようになったのは室町時代なってかららしい。面白いことに、「めし」自体が本来は尊敬語であるはずなのに、室町時代後期には「お(御)」を付けた「おめし」の語形も現れる。われわれと同じで、「めし」だけだと卑俗な感じがしたのであろうか。
 一方の「ごはん」は、やはり室町時代に漢語「はん(飯)」が使われるようになるのだが、やがて女房ことばとしてこれに「お(御)」を加えた「おばん(御飯)」という語が現れる。そしてこれが広まり、江戸時代末期には「お」を「ご」に替えた、現在もある「ごはん」の形になる。
 では、室町時代よりも前は米を蒸したり炊いたりしたものを何と呼んでいたのであろうか。それは、「いい」と呼ばれていた。
 『万葉集』に、孝徳天皇の皇子で斉明天皇に謀反をはかったとされて19歳で処刑された有間皇子(640~658)の有名な歌が載せられている。

 「家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を草まくら旅にしあれば椎の葉に盛る」(巻一・一四二)

 この「飯」は「いひ(いい)」と読むべきであろう。笥は食器の意味で、家にいるときはいつも食器に盛るごはんを、旅の途中なので椎の葉に盛ることだという意味である。つまり「飯」の呼び方の変遷は大まかに言えば、イイ→メシ→ゴハンということになる。
 「めし」と「ごはん」はまったく違った経緯から生まれた語だが、同じものをさし、今でこそ丁寧な言い方かどうかという違いはあるものの、意味的な違いはないのである。

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