第377回
「おみおつけ」を漢字で書くと
2018年04月02日
お手元のパソコンのワープロソフトで、「みそ汁」のことをいう「おみおつけ」と入力して変換すると、どう表示されるだろうか。私のものは「御御御付け」と変換される。「ゴゴゴつけ」というわけではなく、「御」という漢字は「お」「み」とよむので、「おみお」の部分が「御御御」だというのであろう。だが、本当に「おみおつけ」の表記はそれでいいのだろうか。
『日本大百科全書(ニッポニカ)』で「みそ汁」の項目を引いてみると、興味深いことが書かれている。以下のような内容だ。
「ご飯につけるみそ汁の女房詞(ことば)『おつけ』に、さらにていねい語、尊敬語の「御御(おみ)」をつけて御御御汁(おみおつけ)としたもので、敬語が三つも重ねられているのは、よほどその価値を高く評価したのであろう」
この百科事典は署名原稿で、河野友美氏と多田鉄之助氏の連名になっている。お二人とも著名な食品研究家であるが、すでに故人である。
かつては確かにこのような説は存在し、「御御御付け」という表記を示していた辞書もあった。だが私が調べた限りでは、現在「おみおつけ」の表記を「御御御付け」としているのは『大辞林』だけである。他は以前は「御御御付け」としていたものも、「御味御付け」とするか、あるいは、漢字表記なし(つまり仮名書き)にしているものばかりである。『広辞苑』も第6版では「御御御付け」であったが、最新版の第7版では「御味御付け」に変更した。なぜこのような違いが生じたのか。
現在、「おみおつけ」は、「おみ」と「おつけ」に分けることができるという考え方が主流である。ともに女房ことばで、「おみ」の「み」は味噌のことでそれを丁寧に言った語、「おつけ」の「つけ」は本膳で飯に並べて付ける意から、吸い物の汁のことで、やはりそれを丁寧に言った語だというのである。女房ことばとは、室町時代初期頃に御所に仕える女性たちが使い始めた語で、のちにそれが広く広まったものである。
『日本国語大辞典』には「おみ」も「おつけ」も室町時代から江戸時代の使用例が引用されている。だとすると、「やはり敬語を三つも重ねた」というのはかなり無理がある。「御御御付け」という表記が絶対に誤りだとは言えないまでも、語の成り立ちを考えるのなら、「御味御付け」と書くか仮名書きにする方が妥当であろう(『大辞林』も「おみ」は味噌を丁寧にいう近世女性語だという説は載せている)。
なお、江戸時代の随筆『守貞漫稿』(1837~53年)に興味深い記述がある。
「今俗京坂はすまし及みそ汁ともに露(つゆ)と云也。女詞なるべし。今江戸にて露と云はすまし也。味噌汁をおみをつけと云也」
このことから「おみおつけ」はもともと江戸での言い方だった可能性が考えられる。
「おみおつけ」のような普通に使われていることばでも、ことばの研究は進んでいるのである。
●神永さんが講演会を開催!
2月に刊行された『微妙におかしな日本語』。それをベースにした講演会。ことばとことばの結びつき(コロケーション)の問題を取り上げ、ことばの言い回しの何が正解で何が不正解なのかを神永さんが解説します。
日時:4月12日(木)19:00~20:00
場所:ブックカフェ二十世紀(東京都千代田区神田神保町2-5-4古書店アットワンダー2F)
料金:1500円(ドリンク付)
ご予約、お問い合わせはメール(jimbo20seiki@gmail.com)または電話(03-5213-4853)まで。
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「ご飯につけるみそ汁の女房詞(ことば)『おつけ』に、さらにていねい語、尊敬語の「御御(おみ)」をつけて御御御汁(おみおつけ)としたもので、敬語が三つも重ねられているのは、よほどその価値を高く評価したのであろう」
この百科事典は署名原稿で、河野友美氏と多田鉄之助氏の連名になっている。お二人とも著名な食品研究家であるが、すでに故人である。
かつては確かにこのような説は存在し、「御御御付け」という表記を示していた辞書もあった。だが私が調べた限りでは、現在「おみおつけ」の表記を「御御御付け」としているのは『大辞林』だけである。他は以前は「御御御付け」としていたものも、「御味御付け」とするか、あるいは、漢字表記なし(つまり仮名書き)にしているものばかりである。『広辞苑』も第6版では「御御御付け」であったが、最新版の第7版では「御味御付け」に変更した。なぜこのような違いが生じたのか。
現在、「おみおつけ」は、「おみ」と「おつけ」に分けることができるという考え方が主流である。ともに女房ことばで、「おみ」の「み」は味噌のことでそれを丁寧に言った語、「おつけ」の「つけ」は本膳で飯に並べて付ける意から、吸い物の汁のことで、やはりそれを丁寧に言った語だというのである。女房ことばとは、室町時代初期頃に御所に仕える女性たちが使い始めた語で、のちにそれが広く広まったものである。
『日本国語大辞典』には「おみ」も「おつけ」も室町時代から江戸時代の使用例が引用されている。だとすると、「やはり敬語を三つも重ねた」というのはかなり無理がある。「御御御付け」という表記が絶対に誤りだとは言えないまでも、語の成り立ちを考えるのなら、「御味御付け」と書くか仮名書きにする方が妥当であろう(『大辞林』も「おみ」は味噌を丁寧にいう近世女性語だという説は載せている)。
なお、江戸時代の随筆『守貞漫稿』(1837~53年)に興味深い記述がある。
「今俗京坂はすまし及みそ汁ともに露(つゆ)と云也。女詞なるべし。今江戸にて露と云はすまし也。味噌汁をおみをつけと云也」
このことから「おみおつけ」はもともと江戸での言い方だった可能性が考えられる。
「おみおつけ」のような普通に使われていることばでも、ことばの研究は進んでいるのである。
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