第382回
江戸の人は「へそ」が好き?

 おかしくてたまらない、または、ばかばかしくてしかたがないことを、「へそが茶を沸(わ)かす」とか「へそで茶を沸かす」と言う。あざけりの意をこめて用いられることが多い。
 「へそ」はもちろん「臍」で、腹の中心にある小さなくぼみのことである。臍帯(さいたい=へその緒)のとれた跡で、胎児のときはこれを通じて栄養などが胎盤から循環していたということはよくご存じであろう。
 この「へそ」で茶を沸かすということが、なぜおかしくてたまらないという意味になるのか、不思議に思ったことはないだろうか。勝手な想像だが、「へそ」はお腹を代表する部分と考えられ、腹を抱えるほど大笑いしてお腹が痛くなるほどになると、その部分が煮え立つようになって、お茶が沸くほどだという洒落なのであろうか。
 「へそ」を使った、おかしくてたまらないという言い方は、江戸人の心をつかんだらしく、『日本国語大辞典(日国)』には以下のような、江戸生まれと思われる「へそ」関連のことばが立項されている。

 へそがくねる/へそが西国(さいこく)する/へそが入唐(にっとう)渡天(とてん)する/へそが宿替(やどが)えする/へそが縒(よ)れる/へそが笑(わら)う/へそを動(うご)かす/へそを宿替(やどが)えさせる/へそを撚(よじ)る

 「へそ」が実にいろいろなことをして見せてくれるのである。
 「西国(さいこく)する」は、西の方に行くということである。江戸から西であるから上方かと思きや、日本から見た西で、中国に行ったり(入唐)、果ては天竺(てんじく)すなわちインドまで渡ったり(度天)してしまうのである。
 だから、「へそ」は宿替え、すなわち引っ越しまでするということであろう。こうなるとことばで遊んでいるとしか思えない。
 この「へそが宿替(やどが)えする」を使って、江戸時代には『臍の宿かえ』(1812年)という咄本(はなしぼん)まで現れた。咄本は落語・軽口・笑話などを書き集めた本で、『臍の宿かえ』は芝居咄の創始者、初代桂文治の咄をまとめた笑話集である。
 「へそ」の語源は、もともとは「ほぞ(臍)」で、これは古くは清音で「ほそ」と言われていて、これが転じたものであるという説があるが、確証はない。「ほぞ」は今でも「ほぞをかむ」のような言い方が残っている。
 余談ではあるが、「へそ」も「ほぞ」も「臍」と書くが、「臍を噛む」は「ほぞをかむ」と読むべきであろう。理由は特にないのだが、それが伝統的な言い方だからである。ところがこれを「へそを噛む」と言う人がいる。
 たとえば太宰治の『先生三人』(1936年)という短いエッセーに、
 「百点満点笑止の沙汰、まさしく佐藤家の宝物だ、と殘念むねん、へそを噛むが如き思ひであつた」
とある。太宰は比較的ことば遣いが自由な人なので、これを完全な誤用と言い切る勇気はないのだが、通常では「ほぞをかむ」とすべきところである。
 閑話休題。とにかく「へそ」というなんともユーモラスな響きが、江戸の人の心をとらえたのかもしれない。

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