第384回
「つんつるてん」

 身長にくらべて着物のたけが短くて、手足や膝が出ていることを、「つんつるてん」という。例えば夏目漱石に『二百十日』(1906年)という小品があるのだが、この中でも、

 「下女は心得貌(こころえがお)に起(た)って行く。幅の狭い唐縮緬(とうちりめん)をちょきり結びに御臀(おしり)の上へ乗せて、絣(かすり)の筒袖(つつそで)をつんつるてんに着てゐる。」

などと使われている。「唐縮緬」は、薄く柔らかい毛織物、「ちょっきり結び」は手軽にこま結びなどにすること、「筒袖」は和服で、袂(たもと)がない筒形の袖のことである。『二百十日』は阿蘇山に登ろうとしている、圭さんと碌さん2人の青年の会話体からなる小説である。ちょっと面白い場面なのでもう少し説明をすると、2人がいるのは阿蘇の麓の温泉宿。下女が心得貌で立ったのは、「ビール」ではなく「恵比寿」を取りに行ったのである。彼女は、「ビールはござりませんばってん、恵比寿(えびす)ならござります」と言うのであった。この「恵比寿」は今の「ヱビスビール」ではなく、日本麦酒(ビール)醸造会社醸造の「恵比寿(えびす)麦酒」のことである。当時は田舎の温泉宿にはこのような感じの仲居さんがけっこういたのかもしれない。
 前置きが長くなってしまったが、「つんつるてん」ということばは、何でそのように言うのかよくわからない不思議なことばである。その使用例も『日本国語大辞典(日国)』では、明治になってのものしか見当たらない。ただ、江戸時代には意味が同じ「つんつら」という言い方があったらしく、『日国』でも山東京伝(さんとうきょうでん)の洒落本『仕懸文庫(しかけぶんこ)』(1791年)が引用されている。

*洒落本・仕懸文庫〔1791〕四「おの川じまのほしゆかたのつんつらみじかいやつをうでまくりして」

 「おの川じまのほしゆかた」は、「おの川じま」は「小野川縞」で、江戸中期の横綱小野川喜三郎の着物にちなんで売り出された縦縞模様のことだが、その模様の浴衣(ゆかた)のことである。
 さらにこれに似たことばで、「てんつるてん」というのもあった。「てんつるてん」といえば三味線の音を写した語にも思えるが、関連はわからない。ただ私はたまたま一致しただけで、あまり関係がなかったのではないかと考えている。江戸時代にはこちらの方が一般的だったのか用例もけっこうある。例えば、小林一茶の句文集『おらが春』(1829年)にもこんな俳句が載せられている。

 「たのもしやてんつるてんの初袷」

 「初袷」はその年はじめて袷(あわせ)を着ること。「袷」は、裏地のついている衣服で、江戸時代には、陰暦4月1日より5月4日までと、9月1日より8日まで、これを着るならわしがあった。衣替えをしたら昨年着た袷が「てんつるてん」になっていたと、子どもの成育を喜んでいるのである。だが、一茶が50歳を過ぎてから生まれたこの娘のさとは、生後1年余で痘瘡(とうそう)で死んでしまう。
 先に三味線の音と関係がないと書いたが、その理由は、「てんつるはぎ」という語があるからである。「はぎ」は「脛」、つまり「すね」である。どうやら、着物の丈(たけ)が短くて長くむき出しになった脛(すね)のことをいったらしく、『日国』でも以下の用例が引用されている。

*史記抄〔1477〕五・秦始皇本紀「つよく寒くかなしい者はてんつるはきなるきるものでまり大切なほどに重宝と思ぞ」

 とても寒く、貧しくて生活がつらいものは丈が短くすねがむき出しになった着物であろうと、大切で重宝なものだと思うという意味である。『史記抄』は臨済宗の僧桃源瑞仙(とうげんずいせん)による、中国の歴史書『史記』の講義録である。
 「つんつるてん」「てんつるてん」の語源は結局わからず、今回は結論らしきものはないのだが、昔から「つんつるてん」という言い方がなんともユーモラスで好きだったので、こんな文章を書いてしまった。

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