日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第386回
「ほっこり」ってどういうこと?

 「いい話を聞いて心がほっこりした」という言い方をしているだろうか。「ほっこり」を気持ちが和らぐとか、あたたかい気持ちになるとかいう意味で使うかどうかということである。
 私自身はどうかというと、比較的最近になって使うようになったが、少なくとも十数年前は使わなかったと思う。比較的最近になって広く使われるようになったからなのか、国語辞典の扱いもまちまちである。
 「ほっこり」の本来の意味は、「部屋の中はほっこりとあたたかい」などのように、いかにもあたたかそうなさまということである。辞典の中にはその意味の中に冒頭の「心がほっこりした」という例文を載せたり、この項目自体が見出し語になかったりするものもある。
 「ほっこり」がいつごろから気持ちが和らぐという意味で使われるようになったのかよくわからないのだが、『日本国語大辞典(日国)』には、「気持が晴れたり、仕事や懸案のことがかたづいたりして、すっきりとしたさまを表わす語」という似たような意味で、

*浮世草子・傾城歌三味線〔1732〕五・一「床へはござれど痞(つかへ)がいたむとて、今にほっこりとした事もないげな」

という例を引用している。「痞(つかへ)」とは胸にさしこみの発作が起こる病気、いわゆる「癪(しゃく)」のことである。床にはおつきになったが、癪が痛むのですっきりしないらしいといった意味である。
 この意味の「ほっこり」と、現在使われている「ほっこり」との関連はわからないのだが、『日本方言大辞典』によると、「ほっとするさま。安堵(あんど)するさま」という意味の《ほっかり》京都府や、《ほっかり》山口県「いそがしい客事がすんでほっかりした」、《ほっこる》富山県砺波があるので、それから来ているのかもしれない。
 ただ、面白いことにこの方言形の「ほっこり」は全く正反対と思われる意味で使われている地域もあるのである(地名のあとの数字は、引用した方言資料の番号)。
 非常に疲れたさま。福井県427「半日も洗濯してほっこりした」448/岐阜県本巣郡510/滋賀県犬上郡615/神崎郡616/京都市621/大阪市638
《ほっかり》福井県431/遠敷郡445

 退屈なさま。三重県阿山郡585/滋賀県彦根609/京都府629
《ほっこい》三重県伊賀585

 うんざりしたさま。閉口したさま。福井県足羽郡440/滋賀県甲賀郡611/

 このうんざりしたり、困り果てたりするさまという意味では、『日国』には

*浮世草子・諸芸独自慢〔1783〕二「今かけ屋敷を八十三軒持て居りますが、イヤモ世話なもので、ほっこり致しました」

という江戸時代の例が引用されている。「かけ屋敷」とは貸家のことで、貸家を83軒持っているから面倒であると言っているのである。『諸芸独自慢(しょげいひとりじまん)』は福隅軒蛙井(ふくぐうけんあせい)の作で、上方で出版されたのだが、福隅軒蛙井のことはよくわかっていない。
 つまり、このことばは主に関西で分布しているのだが、プラスの意味でもマイナスの意味でも使われていたことがわかる。だとすると文脈によってどのような意味で使われているのか読み取る必要がありそうで、少なくとも私のような関東人は安易に使うのは避けたほうがよいのかもしれない。

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