第421回
「離合」について、ふたたび

 この文章を読む前に、下に添えてある写真をご覧いただきたい。車を運転していて、この道路に大きく書かれた文字を見て、とっさに意味が理解できるという人はどれだけいるだろうか。この写真は、今年10月に、広島県福山市鞆港(ともこう)で撮影したものである。
 鞆港は、この地に面する海は鞆の浦と呼ばれ、古くから海上交通の要所として栄えてきた。古い町並みが残っていてとても趣があるのだが、こうした町に多く見られるように、道幅がとにかく狭い。
 鞆港には、私とほぼ同世代の男3人組で行ったのだが、揃って関東の出身である。そのため私以外のふたりは、「離合可能」なんてなんのことなのかさっぱりわからないと言っていた。私はというと、「離合」について以前このコラムで一度書いたことがあるので、意味は知っていた。そのコラムでは、「離合」は狭い道で車がすれ違うことをいい、京都、福岡、大分などで使われていると書いた。ところが今回、「離合」は、広島にも広まっていることが実見できたわけである。
 そこで、もう少し丁寧に、「離合」の使用例を探してみようと思った。すると、ちゃんと(?)小説での使用例があるではないか。
 例えば、村田喜代子の小説『人が見たら蛙に化(な)れ』(2004年)に、こんな例がある。

 「湯布院は道が狭いので有名だ。『こんな町には軽でくるのが一番いいのに、みんな大きな三ナンバーで乗り込んでくる。それみろ、また停まった』飛田が舌打ちした。前を行く大型ベンツが、対向車のBMWと離合できずに立ち往生している。」

 作者の村田喜代子は、福岡で生まれ育っている。関東人の私なら、「離合できずに立ち往生している」ではなく、「すれ違えずに立ち往生している」と書くところであるが、作者にとっては、「離合」はごく当たり前のことばだったのだろう。
 文芸作品ではないのだが、他にも面白い例が見つかった。裁判所のホームページでは、今までの判例が検索できるのだが、例えば、平成28年3月3日に東京地裁で判決が言い渡された、「運転免許取消処分等取消請求事件」の判決文の「事実及び理由」の中に、

 「原告は,本件事故当時,被害者の運転する自転車(以下「本件自転車」という。)が本件車両と離合後転倒したことは認識していたが,本件事故の発生については未必的な認識すら有していなかった。」

という、記述がある。原告の主張を記述した部分なので、原告が「離合」と言ったのかもしれないが、「離合」の意味を知らない人が多い東京都内で起こった事件で、東京地裁でもそのように記述しているところが面白い。実は、判例を検索してみると、文中に「離合」が使われているものが他にもある。法律関係者の間では、地域に関係なく、かなり認知されていることばなのであろうか。
 現行の国語辞典で「離合」にすれ違いの意味を載せているのは、私の調べた限り、『三省堂国語辞典』など、少数である。だが、共通語ではなくても、辞書に載せてもいい意味のような気がする。


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