第422回
「教皇」と「法王」

 今年の十大ニュースは何かと聞かれたら、その一つに、11月にローマカトリック教会のフランシスコ教皇の来日を挙げる人は多いだろう。教皇は、被爆地の長崎と広島も訪問し、「核兵器のない世界は実現可能であり、必要である」と訴えるなど、大変話題になった。
 ところで、このフランシスコ教皇の呼び名だが、「おや?」と思った人も大勢いたのではないだろうか。学校では「ローマ法王」と習ったのに、なんで突然「フランシスコ法王」ではなく、「フランシスコ教皇」になったのだろうかと。
 実は、「法王」と「教皇」はどちらもラテン語のPaPaの日本語訳で、かつては日本カトリック教会内でも表記が割れていたのである。これが、1981年に当時のヨハネ・パウロ2世の訪日を機に、日本カトリック教会内では「教皇」に統一された。「教」の字が、教皇の職務を表すのに適切だから、というのがその理由である。
 ところが、ローマ教皇を元首とするバチカンも、かつては呼称が揺れていた。駐日バチカン大使館は、「ローマ法王庁大使館」とされてきたのである。これは、バチカンが日本との外交関係を樹立した当時の定訳に基づいて申請した名である。だが、これも今回、日本政府によって「ローマ教皇庁」と改められることになった。
 このようなこともあって、新聞などでも従来「法王」が使われてきたが、今回「教皇」に変更するようになったわけである。
 これは、辞書にも影響する問題なのだが、実はほとんどの辞書は、すでに「教皇」を解説のある本見出しとしていて、「法王」を参照見出しとしているのである。「教皇庁」も同様で、新聞よりも先に、日本カトリック教会の見解に従ったことになる。
 古い文献では「法王」と書かれているものも多いので、辞書から「法王」の語が消えることはないだろうが、「教皇」から「法王」に変更になった経緯は、記述しておく必要があるかもしれない。
 なお、以下は蛇足ながら、辞書編集者としての個人的な興味である。「教皇」という語は、いつごろから日本で使われていたのだろうかという。
 『日本国語大辞典』では、昭和初期の新語辞典『現代術語辞典』(1931年)の「教皇 ローマ法王」という例がもっとも古い。だが、さらに古い例がありそうだと思って探してみると、やはり存在した。それよりも40年ほど古い、新聞記者で評論家だった陸羯南(くがかつなん)の『近時政論考』(1891年)の中にある、

 「欧州諸国はさきにローマ教皇の威力に脅かされたるごとく、その第二として仏国革命の威力に脅かされ、ふたたび国民的感情の挫折に遭遇せり」

というもの。日本カトリック教会内の文書はわからないのだが、明治時代の比較的早い時期から「教皇」も使われていたことがわかって面白い。そう感じるのは、辞書編集者だけかもしれないが。

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