第456回
「おみおつけ」は死語?

 以前このコラムで、「おみおつけ」の表記について書いたことがある(第377回 2018年4月)。かつて多くの辞書は「おみおつけ」の表記を「御御御付け」としていたが、最近の辞書は、「御味御付け」という表記に変更しているといった内容である。その中で、『大辞林』だけは今でも「御御御付け」の表記を採用しているとも書いた。だが、その『大辞林』も、その後刊行された第4版(2019年)からは、「御味御付け」という表記に変更された。同辞典の編集スタッフが私のコラムを読んだからかどうかはわからないが、「御御御付け」という表記は辞書の世界ではほぼ消滅してしまったことになる。
 そんな話を、別の連載コラムで書こうとしたところ、担当者から、読者対象が若い層なので、「おみおつけ」という語を知らない人がいるかもしれない。だから何の話なのか理解できない人がけっこういると思うと言われ、衝撃を受けた。「おみおつけ」はもはや死語なのだろうか。
 気になって少しリサーチをしてみると、30代以下の人の中に、「おみおつけ」という語を知らないという人がかなりいることがわかった。では何なら通じるのかというと、「みそしる」である。
 以前書いた内容と重複するが、「おみおつけ」は女房ことばで、「おみ」の「み」は味噌を丁寧に言った語、「おつけ」の「つけ」は本膳で飯に並べて付ける意から、吸い物の汁のことを丁寧に言った語である。
 「おみおつけ」と「みそしる」は同じものだから、『日本国語大辞典』の「おみおつけ」で引用している泉鏡花『婦系図』(1907年)の例も、

 「女中(をんな)が味噌汁(おみおつけ)を装(も)って来る間に」(前・五四)

のように「味噌汁」と書いて「おみおつけ」と読ませている。ただ『婦系図』には、「味噌汁」を「おつけ」と読ませている例もある。

「味噌汁(おつけ)を装(よそ)ふ白々とした手を、感に堪へて見て居たが」(後・三〇)

 「おつけ」は私は使わないが、このように言う人もかつてはいたようだ。おもしろいことに、『婦系図』ではこの「おつけ」の直後では、「味噌汁」を「みそしる」と読ませている。

 「僕は味噌汁(みそしる)と云ふものは、塩が辛くなきゃ湯を飲むやうな味の無いものだとばかり思うたです」(後・三〇)

一つの作品の中で3通りの読みが出てくるのは、実に興味深い。当時はどのように言っても通じるので、さほどこだわっていないということなのだろうか。
 ちなみに私は子どものころは、「おみおつけ」を「オミヨツケ」とも言っていた。おそらく東京都足立区の千住で育った母親の影響だろう。母は「潮干狩り」は「シヨシガリ」だった。子どものころ慣れ親しんだ「おみおつけ」は、できれば死語になってほしくないと思ったのである。

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