文化庁が毎年実施している「国語に関する世論調査」では、ことばの言い方や意味の揺れに関する調査も行っている。2020年度の調査では、「がぜん」「破天荒」「すべからく」の意味と、「明るみになる」と「明るみに出る」、「寸暇を惜しんで」と「寸暇を惜しまず」、「一つ返事」と「二つ返事」のどちらを使うかという調査が行われていた。
 これらの語の中で、「がぜん」についてはどこにも書いたことがなかったので、この場をかりて触れておこうと思う。
 文化庁の調査では、「がぜん」について、「我が社はがぜん有利になった」という例文で意味を尋ねたところ、本来の意味とされてきた「急に、突然」と答えた人は23・6%、本来の意味とは異なる「とても、断然」が67・0%だった。つまり、この調査に関しては、本来の意味で使う人の方が少なく、しかもそれが各世代にわたっていたのである。
 なぜそのようなことになったのか。
 「がぜん」は漢字で書けば、「俄然」である。「俄」という漢字には、「俄雨(にわかあめ)」などのように、急に、たちまちという意味がある。「ガゼン」と聞いてこの漢字を即座に思い起こせれば、「俄然」はどういう意味なのかすぐわかるだろう。だが、ひょっとすると「俄」という漢字はあまり使われることがなくなっているので、意味がわからなくなっているのかもしれない。
 それともう一つ、「俄然」の意味の変化に影響しているのではないかと思われることがある。この語には、昭和の初期に、すでに本来の意味とは異なる意味で使われた過去がある。
 それは、『日本国語大辞典(日国)』によると、
 「動作、状態を強調するのに用いた、昭和初期の流行表現」
である。『日国』で引用されている、当時の新語辞典の例がとてもわかりやすい。

*モダン用語辞典〔1930〕〈喜多壮一郎〉「がぜん 俄然である。別段深い意味がある訳でないが、馬鹿に流行してゐる。言葉の調子がいいからか? でたらめに何処にでも使ふ。『彼女は俄然彼に恋した』とか『野球に行ったらがぜん彼女に会った』とか」

この意味が、現在も受け継がれている可能性は否定できない。
 そして、もう一つ興味深いことがある。「俄然」の意味を文化庁の調査でもわかるように、「断然」だと思っている人が多くいるのだが、実はこの「断然」も同じ昭和の初めころに、従来なかった「なみはずれて。ずばぬけて」という意味が生まれ流行するのである。「断然」の、もともとの意味は、きっぱりとしているさまや押し切ってするさま、というものである。
 『日国』では、この「なみはずれて。ずばぬけて」という意味で、

*まんだん読本〔1932〕みんな映画の影響だ〈古川緑波〉「バンクロフトの人気は、ダンゼン力強いのだ」

といった例を引用している。この新しい「断然」から生まれた語に、「断トツ」がある。この語は、「断然トップ」の略なのだ。
 この「俄然」と「断然」が新しい意味で使われるようになった時期が重なるというのは、まったくの偶然だったのだろうか。意味の混同がこのときに始まった可能性は、確証はないが、否定もできない。
 国語辞典の中では『明鏡国語辞典』(第3版)が、「俄然」の項目の注記として、「『断然』の意味で使うのは誤り」としているが、「誤り」とまで言い切れるのかどうか疑問である。

キーワード:


 インターネットのYahoo!ニュースを見ていたら、こんな記事を見つけた。
 「舞台を主戦場として活躍してきた玉置だが、近年は映画やドラマでも個性的な役どころを演じ、爪痕を残してきた」(2021年8月22日)
 「玉置」というのは役者さんの名だが、今回話題にしたいのはこの役者さんのことではない。文中にある、「爪痕を残す」という言い方についてである。
 『日本国語大辞典(日国)』では、「爪痕を残す」は立項されていないが、「爪痕」は以下のように説明されている。

(1)物についている爪のかた。
(2)爪でかいた傷のあと。
(3)比喩的に、台風やなだれ、また、大きな事件などが残した無残な被害や影響などをたとえていう。

 「爪痕を残す」は(3)の意味で、『日国』の語釈からもおわかりのように、この比喩的な意味は、マイナスの意味なのである。ほとんどの辞書も同様である。
 ところが、冒頭の記事にもあるように、マイナスの意味ではない用法もけっこう見られる。そのため、このような意味について触れる辞書も、わずかながら出てきた。たとえば、『デジタル大辞泉』は「補説」として、
 「近年、『爪痕を残す』という言い方で、本来の意味とは異なる『成果をあげる』『印象づける』『一矢を報いる』などの意味で用いられることがある」
と述べている。
 また、『明鏡国語辞典』第3版は、「注意」という欄を設け、
 「存在感や好成績を残す意で使うのは、本来は誤り」
としている。ただ『明鏡』ではこの後に、
 「爪痕を残せるように頑張りたい」
という例文を載せ、その頭に、×印を付けている。どうやら、「本来は誤り」なのだから使ってほしくないということのようだ。
 だが私には、「本来は誤り」とする、その根拠はいったい何なのだろうかという疑問がある。確かに、「爪痕を残す」の新しい意味を誤用だと言う人がいることは知っている。ただその人たちも、何か根拠があってそう言っているようには思えないのである。
 わざわざこのようなことをいうのは、芥川龍之介の『続文芸的な、余りに文芸的な』(1927年)に次のような例があるからだ。

 「新らしいものに手をつけさへすれば、兎に角作家にはなれるのである。しかしそれは必しも一爪痕を残すことではない、僕は未だに『死者生者』は『芋粥』などの比ではないと思ってゐる」(一「死者生者」)

原文にはルビがないので正確にはわからないが、この場合の「一爪痕」は「いちそうこん」と読むのだろう。そして、芥川のこの例はまさに印象づけるという意味なのである。「つめあと」と読むか「そうこん」と読むかによって、意味が異なるということはないだろう。
 芥川の例があるから誤用ではないということにはならないだろうが、プラスの意味で使われている例は間違いなく存在するのである。
 私はそれを誤用とはいえないと思うし、この意味は今後辞書に載るようになると思っている。

キーワード:


 家の近所で車を運転していたときに、前を走るミニバンの後ろに書かれた文字をよく見たら、「国酒」と書かれていた。それは酒屋さんの車だったので、別に不思議ではないのだが、ふだんほとんど目にすることのない「国酒」という語のことを、久しぶりに思い出した。
 「国酒」とは、ご想像の通り、日本の酒、つまり日本酒、泡盛を含む焼酎などのことをいう。ミニバンには「国酒」と表記されていたが、正式には「国」は旧字体の「國」を使う。2012年(平成24年)に「ENJOY JAPANESE KOKUSHU(國酒を楽しもう)」プロジェクト」として、時の国家戦略担当大臣によって発表されたものである。ただ、「國酒」という語自体は、1980年に急逝した大平正芳元首相が使った語らしい。ふつうの辞書には載っていない語で、『日本国語大辞典(日国)』にも「くにざけ(国酒)」は立項されているが、それは地酒のことで、意味が異なる。
 日本で生まれた酒を「日本酒」とは呼ばずに「國酒」と呼んだのは、すでに「日本酒」が「清酒」だけを意味し、さらに「焼酎」を「日本酒」とはいわないからだろう。「和酒」という選択肢もあったような気がするが、なぜそうならなかったのか、いささか興味がある。「國酒」がダメだということではないが。
 日本で生まれた酒類の呼び名は、考えてみればおもしろい。主なものは「清酒」「焼酎」「泡盛」「どぶろく」があるが、「清酒」だけ、「日本酒」と呼ばれるようになった。
 「清酒」が「日本酒」と呼ばれるようになったのは、ヨーロッパやアメリカから渡来した「洋酒」が日本に入ってきたときに、「清酒」が日本の酒を代表すると考えられたからだろう。『日国』で引用している「日本酒」の最も古い例は、明治時代になってからの坪内逍遙『内地雑居未来之夢』(1886年)の以下のものである。

 「日本酒(ニホンシュ)改良の一事是なり」(三)

この例によって、「洋酒」に対する「日本酒」という語が生まれたわけではないだろうが、「清酒」が「日本酒」となる時期は、この前後と考えて間違いなさそうだ。
 ちなみに「清酒」は、「濁り酒」に対する語で、漉(こ)した酒、すんだ酒という意味である。
 「洋酒」という語も、使われるようになったのは明治時代になってからで、たとえば『日国』には、次のような例が引用されている。

*西洋道中膝栗毛〔1870~76〕〈仮名垣魯文〉八・下「ビイルでも呑べし呑べし とこれより三人うちまとひてさきにととのへをきたる牛肉をさかなに洋酒をのむことありとしるべし」

いかにも文明開化という気分の例だが、ここでは「ビイル」も「洋酒」としていて、これは異論のあるところかもしれない。通常「洋酒」という場合、蒸留してつくるウイスキーやブランデー、あるいはスピリッツ類のようにアルコール分の強い酒をさすことが多いからである。私も、語感としてはそれである。
 いずれにしても、「洋酒」に対して「清酒」を「日本酒」と呼んでしまったために、同じ日本の酒なのに、焼酎類はいささか割を食ってしまったということなのかもしれない。それを救済するために「國酒」という語が作られたのだろうが、残念ながらいまだほとんど認知されていないようだ。
 現時点では、「國酒」を載せる辞書は無いだろうなと、その晩も日本酒を飲みながら考えた。

キーワード:


 季語は、俳句などで、四季それぞれの季節感を表すために、句によみこむ語のことである。季題とも呼ばれるが、『日本国語大辞典(日国)』によれば、季語は「短歌雑誌『アカネ』で明治四一年に大須賀乙字が用いたのが最初」(「季語」の語誌)らしい。
 国語辞典の中には、見出し語が季語だった場合、語釈の最後に、その語が季語であるという表示と、新年・春・夏・秋・冬の別を示しているものがある。だがその逆はなく、季語だからといって、見出し語にしていないものも多い。そのため、季語を集めた歳時記には載っていても、国語辞典の見出し語にはなっていない語もけっこうある。
 そんな季語の一つといえそうな、「かむり雪」という季語を最近知った。「かむり」というのは「冠」と書くようで、すべて漢字で書くと「冠雪」になる。「初冠雪」などというときの「冠雪(かんせつ)」で、何かにかぶさるように積もった雪のことをいう。この「冠雪」は当然のことながら、通常の国語辞典に立項されている。ただしこの語は季語ではない。
 そこで「冠」を「かむり」と読ませて、「かむり雪」という季語が作られたのかもしれない。素人考えだが。
 「冠」という漢字は、「かんむり」「かむり」などと読める。「かむり」と読めば、「ゆき」と合わせて5音になっておさまりがいいので、「かむりゆき」と読ませるようになったのだろうか。しかも同じ「冠雪」と書いても、「かんせつ」と「かむりゆき」とでは、漢語、和語の違いからかもしれないが、受ける印象もかなり異なる。前者は気象用語のようで、積もる雪も山頂などの大規模なものをいいそうだし、後者は、樹木の枝や電柱、門柱、塀など、比較的少量で積もった雪をいいそうだ。
 ただ、この「かむり雪」だが、主要な歳時記でこの語を載せているのは、私が調べた限りでは、『カラー図説日本大歳時記』(1981年 講談社)しかない。そこには、「門柱・電柱などに積もって大きく松茸状になると冠雪(かむりゆき)、または雪冠(ゆきかむり)と言う」と説明されている。「雪冠(ゆきかむり)」も季語なのだろう。ただし、どちらの語も例句は示されていない。
 勝手な想像だが、「かむり雪」は比較的最近作られた季語なのかもしれない。そして、「かむり雪」を使った句は存在するものの、歳時記に載せられるものではなかったという事情があったのかもしれない。
 「かむり雪」は俳句の素養のない私でもいいことばだと思うので、できれば『日国』にも載せたいと思う。ただ、例句がないうえに、今のところ一般にも使われていないようなので、現時点では載せにくい。
 もっとも、たとえ例句があったとしても、すぐに載せるわけにはいかないかもしれない。というのも、俳句の例をどこまで辞書の用例として採用するか、実ははっきりとした決まりがないため、著名な俳人の作以外は載せにくいということがあるからである。このことは、辞書の用例をどこまで広げるかということにもかかわる問題で、たとえば、ブログやSNSなどの書き込みは、用例には採用していないのと同じである。
 「かむり雪」を使った、著名な俳人の句をご存じなら、ぜひご教示いただきたい。

キーワード:


 若い人に何かを頼んだとき、「かしこまりました」と返事をされることがあるのだけれどどう思うか、という質問を受けた。その人が勤めている会社の新人も、しばしばそのように答えることがあるらしく、気になったらしい。言われてみれば、私もそのようなメールを受け取ったことがある。そのときは、なんだか商売人か執事のようだなと思ったくらいで、大して気にもとめなかったのだが。
 質問を受けてからインターネットで調べてみると、この言い方を変だと思っている人がけっこういることがわかった。変だというのは、語自体がおかしいということではなく、使われ方や使う場としてどうかということのようである。
 ことばのマナーについて、辞書編集者の私があれこれ述べることではないが、いい機会なので、「かしこまりました」という語について少し考えてみた。
 そもそも、「かしこまりました」とはどういう表現なのだろうか。
 「かしこまる」は、『日本国語大辞典(日国)』によれば、「相手の威厳に押されたり、自分に弱点があったりして、おそれ入る。おそれつつしむ」という意味で、これが「つつしんで命令を受ける。つつしんで承諾するの気持を表わす」という意味に派生していったようである。
 では、「かしこまりました」はどうかというと、『日国』では「(つつしんで言いつけをお受けする意から)相手を高めて、「承知した」「わかった」という意を、ていねいに表わす挨拶のことば」と説明されている。
 そして、江戸時代の例を3例、近代例を1例引用している。これらの例について詳しく述べる余裕はないが、江戸の3例は、咄本『百登瓢覃』(1701年)、滑稽本『東海道中膝栗毛』(1802~09年)、人情本『春色恵の花』(1836年)からのもので、いずれも商売人や配下の者が謹んで言いつけをお受けするという意味で使っている例である。
 近代例は、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905~06)からのものである。

 「『君から今一応本人の性行学才等をよく聞いて貰ひたいて』『かしこまりました』」(四)

引用文の中で「かしこまりました」と言っているのは、吾輩(猫)の飼い主である苦沙弥先生の学生時代の同級生、鈴木である。鈴木は先生の近所に住む金田という実業家の腰巾着のようになっていて、金田から先生の「性行学才」を探るように言われて、そのように返事をしたのである。金田は自分の娘と苦沙弥先生の弟子の水島寒月とを結婚させたいと思っていたのだが、先生は金田を毛嫌いしていたため、反対していたのである。このような人間関係を考えると、鈴木が使った「かしこまりました」は、やや卑屈な感じがしないでもない。
 『日国』で引用している用例がすべてだとは言わないが、「かしこまりました」はどうしても、商売人や、使用人が使うことばだという印象を受けてしまうのではないだろうか。
 2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉の小説『謎解きはディナーのあとで』でも、主人公のお嬢様刑事に何か言われて「かしこまりました」と答えるのは、景山という執事だった。
 目上やお客などに「かしこまりました」を使って悪いということはないが、通常はそこまでへりくだらずに、「了解しました」「承知しました」「承りました」を使えばいいのではないかと思うのである。

キーワード:


  次へ>>