昨年の大晦日の紅白歌合戦で、NHKのバラエティー番組「チコちゃんに叱られる」のチコちゃんが登場して、総合司会の内村光良さんに、「なんで“最後の人”を『トリ』って言うの?」という質問をぶつけていた。
 実は、この質問の答えの監修を私が行った。といっても、私の説ではなく、有力な説が『日本国語大辞典(日国)』に載っているので、私がチェックをしただけなのだが。だから、監修などと偉そうなことを言えるものではない。
 ただ紅白では、時間の都合で要点しか説明できなかったので、この場を借りて少し補足をしておこうと思う。
 『日国』に載っているというのは、(寄席で最後に出演する)主任格の真打は当夜の収入を全部取り、芸人たちに分けていたため、その取るということからという説で、チコちゃんもそのように説明した。この説は、早稲田大学名誉教授だった暉峻康隆(てるおかやすたか)先生の『すらんぐ』(1957年)という著書による。この本は、「おてんば」「あばずれ」「ちんぷんかんぷん」「いんちき」「どさまわり」といった、「スラング(卑語、世俗のことば)」の語源エッセーである。
 少し話が脇道に逸(そ)れるが、暉峻“先生”と書いたのは、実は私はこの『すらんぐ』に少しだけかかわりがあったからである。先生の晩年に、私は何度かお宅にお邪魔して、この『すらんぐ』に加筆したものをお預かりしていたのである。先生の没後、この加筆本は、『新版 すらんぐ(卑語)庶民の感性と知恵のコトバ』(勉誠出版 2010年)として再刊された。
 暉峻先生は井原西鶴の研究者だが、他に俳諧や落語などの著書も多数ある。特に落語に関しては、早稲田大学の落語研究会の初代顧問で、『落語芸談』『落語の年輪』といった著書もある。だから、「トリ」に関する語源説は間違いないと思う。
 この、「トリ」をつとめた真打が寄席の売り上げを取ったあと、出演者に出演料を分配した。それを客一人につきいくらと出演者に割り当てたものを「割り」「席割り」などと呼んでいた。この辺の事情は、川口松太郎の小説『人情馬鹿物語』(1955年)のこんな記述がわかりやすい。

 「その頃の寄席はまだ席割時代で、月ぎめの出演料ではなく、一日の収入から席亭の取り分を引き、残りを芸人の格づけに応じて分配する」

 川口松太郎は若いときに、講釈師の悟道軒円玉(ごどうけんえんぎょく)の家に住み込み、口述筆記の手伝いをしていたので、この記述内容も間違いないだろう。今でも寄席では、まったく同じではないが、これに近い制度が残っているようだ。
 「トリ」はもともとは寄席で使われていた語だが、興行界などで、最後に上演・上映する呼び物の番組や出演者もそう言うようになったのはご存じの通りである。「トリ」はもともとは「取る」ことからなのだが、「トリ」と片仮名で書かれることが多い。また、寄席では「主任」とも書いて「トリ」と読ませている。
 紅白ではその年最後に歌う歌手を「大トリ」などと言っているが、「トリ」という語が興行界で使われるようになってからの言い方だと思われる。紅白が広めた可能性もあるとにらんでいるのだが、残念ながら確証はない。

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■場所:朝日カルチャーセンター立川教室
(東京都立川市曙町2-1-1 ルミネ立川9階)
■受講料:会員 3,300円 一般 3,960円(税込)
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 手前味噌かもしれないが、日本のように、さまざまな種類のことばの辞典が刊行されている国は、あまり多くはない気がする。代表的なものは国語辞典だろうが、漢和辞典、ことわざ辞典、類語辞典など、実に多種多様である。中には、漢字4字で構成される「四字熟語」だけ集めた辞典まである。例えば、かつて私が在籍していた編集部から、比較的最近刊行された、飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』(小学館 2018年)などがそれである。宣伝めくが、この辞典は近代文学からの豊富な用例が楽しい。
 このような四字熟語の辞典にまず間違いなく掲載されている語に、「天地神明」がある。「神明」は超自然的な存在、すなわち神のことで、「天地神明」は天地の神々という意味で、多く「天地神明に誓って」などと使う。
 例えば、明治元年、つまり1868年に明治天皇が新政府の基本方針として発表した『五箇条の御誓文』の中にも、「朕(ちん)、躬(み)を以て衆に先んじ、天地神明に誓ひ」という一節がある。
 この「天地神明」だが、「天地天命」だと思っている人の方が多いという、ちょっと困った調査結果がある。文化庁が行った2018年度(平成30年度)の『国語に関する世論調査』がそれで、「天地天命に誓って」を使うという人の方が、「天地神明に誓って」を使うという人の割合を、すべての世代にわたって上回っていた。特に、20 代では63.8%,30 代で59.7%が「天地天命」だと答えているのである。
 だが、四字熟語辞典には、「天地天命」は載っていない。そのような組み合わせの語は、従来なかったからである。「天命」は、天の命令、天が人間に与えた使命、あるいは、天が定めた人間の寿命という意味である。それに誓うというのでは意味をなさない。
 「天地天命」と答えてしまった人が多いのは、以下のような理由があったのかもしれない。「天地神明」という四字熟語を聞いたことがなく、また、「神明」という語にもなじみがないため、なんとなく発音が似ていて、多少なじみのある「天命」を選択してしまったといったような。さらに、テンチシンメイと言うよりも、テンチテンメイと言った方が語呂がいいような気がするので、気持ちはわからないでもない。
 「天地天命」は、国語辞典にも四字熟語辞典にも載っていない語なので、さすがにその使用例はないだろうと思ったら、国立国語研究所の「現代日本語書き言葉均衡コーパス」を検索すると1例だけあった。ティーンエージャー向けの1998年発表の小説なのだが、校閲の目をすり抜けてしまったようだ。
 「天地天命」は明らかに誤用から生まれた言い方なので、どんなに広まっても、四字熟語辞典、国語辞典に載せることはできない。だが、「天地天命」が今後も広まりを見せるのであれば、辞典としては、本来の言い方ではないという注意書きをする必要があるだろう。

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 今年の十大ニュースは何かと聞かれたら、その一つに、11月にローマカトリック教会のフランシスコ教皇の来日を挙げる人は多いだろう。教皇は、被爆地の長崎と広島も訪問し、「核兵器のない世界は実現可能であり、必要である」と訴えるなど、大変話題になった。
 ところで、このフランシスコ教皇の呼び名だが、「おや?」と思った人も大勢いたのではないだろうか。学校では「ローマ法王」と習ったのに、なんで突然「フランシスコ法王」ではなく、「フランシスコ教皇」になったのだろうかと。
 実は、「法王」と「教皇」はどちらもラテン語のPaPaの日本語訳で、かつては日本カトリック教会内でも表記が割れていたのである。これが、1981年に当時のヨハネ・パウロ2世の訪日を機に、日本カトリック教会内では「教皇」に統一された。「教」の字が、教皇の職務を表すのに適切だから、というのがその理由である。
 ところが、ローマ教皇を元首とするバチカンも、かつては呼称が揺れていた。駐日バチカン大使館は、「ローマ法王庁大使館」とされてきたのである。これは、バチカンが日本との外交関係を樹立した当時の定訳に基づいて申請した名である。だが、これも今回、日本政府によって「ローマ教皇庁」と改められることになった。
 このようなこともあって、新聞などでも従来「法王」が使われてきたが、今回「教皇」に変更するようになったわけである。
 これは、辞書にも影響する問題なのだが、実はほとんどの辞書は、すでに「教皇」を解説のある本見出しとしていて、「法王」を参照見出しとしているのである。「教皇庁」も同様で、新聞よりも先に、日本カトリック教会の見解に従ったことになる。
 古い文献では「法王」と書かれているものも多いので、辞書から「法王」の語が消えることはないだろうが、「教皇」から「法王」に変更になった経緯は、記述しておく必要があるかもしれない。
 なお、以下は蛇足ながら、辞書編集者としての個人的な興味である。「教皇」という語は、いつごろから日本で使われていたのだろうかという。
 『日本国語大辞典』では、昭和初期の新語辞典『現代術語辞典』(1931年)の「教皇 ローマ法王」という例がもっとも古い。だが、さらに古い例がありそうだと思って探してみると、やはり存在した。それよりも40年ほど古い、新聞記者で評論家だった陸羯南(くがかつなん)の『近時政論考』(1891年)の中にある、

 「欧州諸国はさきにローマ教皇の威力に脅かされたるごとく、その第二として仏国革命の威力に脅かされ、ふたたび国民的感情の挫折に遭遇せり」

というもの。日本カトリック教会内の文書はわからないのだが、明治時代の比較的早い時期から「教皇」も使われていたことがわかって面白い。そう感じるのは、辞書編集者だけかもしれないが。

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 この文章を読む前に、下に添えてある写真をご覧いただきたい。車を運転していて、この道路に大きく書かれた文字を見て、とっさに意味が理解できるという人はどれだけいるだろうか。この写真は、今年10月に、広島県福山市鞆港(ともこう)で撮影したものである。
 鞆港は、この地に面する海は鞆の浦と呼ばれ、古くから海上交通の要所として栄えてきた。古い町並みが残っていてとても趣があるのだが、こうした町に多く見られるように、道幅がとにかく狭い。
 鞆港には、私とほぼ同世代の男3人組で行ったのだが、揃って関東の出身である。そのため私以外のふたりは、「離合可能」なんてなんのことなのかさっぱりわからないと言っていた。私はというと、「離合」について以前このコラムで一度書いたことがあるので、意味は知っていた。そのコラムでは、「離合」は狭い道で車がすれ違うことをいい、京都、福岡、大分などで使われていると書いた。ところが今回、「離合」は、広島にも広まっていることが実見できたわけである。
 そこで、もう少し丁寧に、「離合」の使用例を探してみようと思った。すると、ちゃんと(?)小説での使用例があるではないか。
 例えば、村田喜代子の小説『人が見たら蛙に化(な)れ』(2004年)に、こんな例がある。

 「湯布院は道が狭いので有名だ。『こんな町には軽でくるのが一番いいのに、みんな大きな三ナンバーで乗り込んでくる。それみろ、また停まった』飛田が舌打ちした。前を行く大型ベンツが、対向車のBMWと離合できずに立ち往生している。」

 作者の村田喜代子は、福岡で生まれ育っている。関東人の私なら、「離合できずに立ち往生している」ではなく、「すれ違えずに立ち往生している」と書くところであるが、作者にとっては、「離合」はごく当たり前のことばだったのだろう。
 文芸作品ではないのだが、他にも面白い例が見つかった。裁判所のホームページでは、今までの判例が検索できるのだが、例えば、平成28年3月3日に東京地裁で判決が言い渡された、「運転免許取消処分等取消請求事件」の判決文の「事実及び理由」の中に、

 「原告は,本件事故当時,被害者の運転する自転車(以下「本件自転車」という。)が本件車両と離合後転倒したことは認識していたが,本件事故の発生については未必的な認識すら有していなかった。」

という、記述がある。原告の主張を記述した部分なので、原告が「離合」と言ったのかもしれないが、「離合」の意味を知らない人が多い東京都内で起こった事件で、東京地裁でもそのように記述しているところが面白い。実は、判例を検索してみると、文中に「離合」が使われているものが他にもある。法律関係者の間では、地域に関係なく、かなり認知されていることばなのであろうか。
 現行の国語辞典で「離合」にすれ違いの意味を載せているのは、私の調べた限り、『三省堂国語辞典』など、少数である。だが、共通語ではなくても、辞書に載せてもいい意味のような気がする。


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 文化庁が毎年行っている「国語に関する世論調査」の2018年(平成30年)度の結果が、10月下旬に発表された。その結果は各メディアでも取り上げていたのでご記憶のかたもいらっしゃるかもしれないが、なぜかみなそろって、「憮然」「砂をかむよう」を取り上げていた。どちらも本来の意味とは違う意味で使うという人が多かったので、目に付いたのかもしれない。
 「憮然」に関しては、このコラムの第207回で一度書いているので、今回は「砂をかむよう」について書こうと思う。
 「砂をかむよう」は、例えば『日本国語大辞典』で引用している、徳富蘆花の『思出の記』(1900~01)のように、

 「馬太伝第一章から読み始めた。宛(さ)ながら砂を噛む様だ」

のように使う。砂をかんだように味気ないという意味から、物のあじわいがない、無味乾燥で味気ないという意味で使われる。
 ところが、今回の文化庁の調査では、この「無味乾燥でつまらない様子」という意味で使うと答えた人は、32.1%、本来の意味ではない「悔しくてたまらない様子」という意味で使うという人は56.9%と、逆転した結果になったのである。
 この語に、どうして悔しくてたまらない様子という意味が生まれたのか、実はよくわからない。「悔しくて唇をかむ」という言い方があるが、それとの混同なのであろうか。そして、この意味はまだ、ほとんどの辞典に載せられていないのである。さらに、私自身も、この意味での書籍の使用例はまだ見つけられていない。半数以上の人が新しい意味で使っているというのに。
 それでは、いったいどこで使われているのかということになる。そこで、国会会議録で検索してみた。すると、確かにこの意味での使用例が存在するのである。
 例えば、2015年(平成27年)7月8日の衆議院厚生労働委員会・第29号 で、以下のような発言があった。発言者は会議録ではわかるのだが、ここでは必要な情報ではないので省略する。この厚生労働委員会の直前に判明した、年金機構から個人情報が流出した事案についての発言である。

 「私は年金機構から報告を受けたのではなくて、年金局から報告を聞きました。(略)そのときのことも非常に砂をかむような思いで、私は、何ということだと思いましたが、今回も同じように、実は六月の中旬から存在自体が、誤った説明をしたという存在自体がわかっていた。」

 ここで使われている「砂をかむよう」は、明らかに、無味乾燥で味気ないという意味ではない。悔しくてたまらないという意味である。国会会議録では、他にもこの意味の使用例があるので、ひょっとすると、新しい意味は、現時点では口頭語として広まっているのかもしれない。だが、書かれた文章の中で使われるのも時間の問題だろうし、私が見つけられないだけで、実際にはもうあるのかもしれない。そして、やがては辞書にもこの意味が載ることになるに違いない。
 ちなみに私は、「砂をかむよう」の意味は、子どもの頃に聞いたフォークソングで覚えた気がする。それは、1968年に高石ともやが歌ってヒットした、「受験生ブルース」である。「砂をかむように」と「味気ない」が続けて使われているので、実に理解しやすい。ことばを覚える手本は、教科書や書籍でなくても、あちこちにあるのだと思う。

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