「きな臭い」の「きな」って何?
2014年01月20日
今回は辞書を引くのはいかに楽しいかという話でもある。
先日、都内のある女子大で「辞書を楽しむ」というタイトルで、辞書の話をする機会があった。
一方的に話だけを聞いてもらうのも退屈であろうと思い、「辞書引き学習」の開発者深谷圭助氏の許可を得て、講演の最後に実際に辞書引きにも挑戦してもらった。深谷氏の「辞書引き学習」は知っていることばから引くという逆転の発想の指導法なのだが、相手が大学生だったこともあり、知っていることばではなく、気になることばや読んで面白いと感じたことばを引いてもらった。
ただ、それをやってもらうにはたいへんな難問がひとつあった。「辞書引き学習」は、紙の辞書に引いたことばを書いた付せんを貼るというものなのだが、100名弱いた学生さんの半数近くが、自分の辞書はもとより家にも紙の国語辞典がないと言うのである。近年紙の辞書の売り上げは年々落ちているのだが、その影響がこんなところにも出てしまったわけである。ただ、電子辞書は持っているという学生さんが何人かいたのは唯一の救いであった。だが、電子辞書に付せんを貼るわけにはいかないので、手もとにある辞典をかき集めてその場はなんとか間に合わせた。
実際に辞書を引いてもらいながら、今の女子大生が気になることばはどんなものかと、付せんに書かれたことばを覗いてみた。すると、ちょっと難しいカタカナ語や漢語、四字熟語ばかりを引いている学生さんが何人かいた。また、「足を洗う」「腕が鳴る」といった体ことばの慣用句を文字通りに想像して、面白がっている学生さんもいた。これこそ辞書の正しい楽しみ方である。
中に「きな臭い」ということばが気になると報告してくれた学生さんがいた。「東シナ海のあたりがきな臭い感じになってきた」という使い方は知っていたが、本来は「物が焦げるにおい」だとは知らなかったというのである。だが、その学生さんにさらに「『きな臭い』ってなんで焦げるにおいなんでしょうね」と質問されて、答えに窮してしまった。慌てて持参した自分の辞書を引いてみたのだが、そもそも「きな」が何なのかよくわからないのである。『日本国語大辞典 第2版』を見ると、「きな」とは「きれ(布)」のことかとある。少なくとも「きな」などということばは存在しないらしい。だが、辞書の説明はそこまでで、「布」がなぜ焦げ臭いと感じるのかはよくわからなかった。
『日本国語大辞典 第2版』にある焦げ臭いという意味で使われた「きな臭い」の用例は、近世後期のものが最も古い。小林一茶の『享和句帖』 にある「北時雨(しぐれ)火をたく顔のきなくさき」という例である。
ところが、紛争が起こりそうな気配であるという意味には用例がなく、いつ頃からその意味が生じたのか残念ながらよくわからないのである。
辞書を引くと、ことばに関する疑問が次々に生まれ、それが最終的に解決できない場合もあるのだが、あれこれ芋づる式に調べて行くという楽しみ方ができる。「きな」問題は結局解決できなかったのだが、その学生さんには辞書を引く楽しみの一端に触れてもらうことはできたのではないかと思っている。
先日、都内のある女子大で「辞書を楽しむ」というタイトルで、辞書の話をする機会があった。
一方的に話だけを聞いてもらうのも退屈であろうと思い、「辞書引き学習」の開発者深谷圭助氏の許可を得て、講演の最後に実際に辞書引きにも挑戦してもらった。深谷氏の「辞書引き学習」は知っていることばから引くという逆転の発想の指導法なのだが、相手が大学生だったこともあり、知っていることばではなく、気になることばや読んで面白いと感じたことばを引いてもらった。
ただ、それをやってもらうにはたいへんな難問がひとつあった。「辞書引き学習」は、紙の辞書に引いたことばを書いた付せんを貼るというものなのだが、100名弱いた学生さんの半数近くが、自分の辞書はもとより家にも紙の国語辞典がないと言うのである。近年紙の辞書の売り上げは年々落ちているのだが、その影響がこんなところにも出てしまったわけである。ただ、電子辞書は持っているという学生さんが何人かいたのは唯一の救いであった。だが、電子辞書に付せんを貼るわけにはいかないので、手もとにある辞典をかき集めてその場はなんとか間に合わせた。
実際に辞書を引いてもらいながら、今の女子大生が気になることばはどんなものかと、付せんに書かれたことばを覗いてみた。すると、ちょっと難しいカタカナ語や漢語、四字熟語ばかりを引いている学生さんが何人かいた。また、「足を洗う」「腕が鳴る」といった体ことばの慣用句を文字通りに想像して、面白がっている学生さんもいた。これこそ辞書の正しい楽しみ方である。
中に「きな臭い」ということばが気になると報告してくれた学生さんがいた。「東シナ海のあたりがきな臭い感じになってきた」という使い方は知っていたが、本来は「物が焦げるにおい」だとは知らなかったというのである。だが、その学生さんにさらに「『きな臭い』ってなんで焦げるにおいなんでしょうね」と質問されて、答えに窮してしまった。慌てて持参した自分の辞書を引いてみたのだが、そもそも「きな」が何なのかよくわからないのである。『日本国語大辞典 第2版』を見ると、「きな」とは「きれ(布)」のことかとある。少なくとも「きな」などということばは存在しないらしい。だが、辞書の説明はそこまでで、「布」がなぜ焦げ臭いと感じるのかはよくわからなかった。
『日本国語大辞典 第2版』にある焦げ臭いという意味で使われた「きな臭い」の用例は、近世後期のものが最も古い。小林一茶の『享和句帖』 にある「北時雨(しぐれ)火をたく顔のきなくさき」という例である。
ところが、紛争が起こりそうな気配であるという意味には用例がなく、いつ頃からその意味が生じたのか残念ながらよくわからないのである。
辞書を引くと、ことばに関する疑問が次々に生まれ、それが最終的に解決できない場合もあるのだが、あれこれ芋づる式に調べて行くという楽しみ方ができる。「きな」問題は結局解決できなかったのだが、その学生さんには辞書を引く楽しみの一端に触れてもらうことはできたのではないかと思っている。
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