益城町図書館(2)熊本県上益城郡益城町
熊本地震の際、最も揺れの大きかった益城町。図書館再開までの道のり、震災資料収集に駆けずり回った日々、そして図書館の今後について、西山広成館長、司書の西村まみさんにお話をうかがいました。
熊本地震前の益城町の総合運動公園全体写真。左が体育館、中央が図書館が入る交流情報センター(ミナテラス)、そして右が陸上競技場。現在、体育館が建て替え中。
図書館再開への道
──地震から2か月後、6月にはミニ図書館が開設されたとか?
館長:仮設のプレハブのコミュニティ施設「よかましきハウス」が敷地内にできました。そこに「益城 mini図書館」を開設しました。
西村:それまではロビーでブックトラックを置いて、児童書や一般書を並べて図書の自由貸出をしていました。災害時貸出カードをつくって、きちんと管理した状態でやっていましたね。
mini図書館での貸出は、通常は一人2週間ですが、一世帯1週間5冊まで、と冊数も制限させていただきました。提供する図書は500冊。図書はきちんと管理をしているので、500冊を毎日、図書館からmini図書館へ台車で運ばなくてはなりません。mini図書館は図書館と同じ敷地内ですが、砂利道などの障害もあり運ぶのがほんとうに大変でした。ハウスが終わるころ、8月の終わりくらいになって、雨が降ったときに車で運んでみたんですね。あ、こうすればよかったんだと、そのとき気づきました。もう遅かったんですけど(笑)。
提供している図書の中に好みのものがあるとは限りません。「編み物がしたい」とか「こんな本が読みたい」とか言われると、図書館に走って、その人の好みのものを持ってくる。貸し出したのはほとんどそんなふうにリクエストされた本でしたね。それから「ブックポストちゃん」もつくりました。ステキでしょ? 大きなお口から大きな本、上のまゆげからは単行本等が入ります。
館長:図書館のブックポストのところも避難所スペースとなっていて、使えなかったんです。図書館員自慢の品、ブックポストちゃんは、今も図書館カウンター内にありますよ。
──よかましきハウスができてから、読み聞かせはmini図書館でされていたんですね。大人向けに読み聞かせもされたとか。
西村:おばあちゃんやおじいちゃん向けに絵本を読んだり、歌を歌ったりしていました。ただmini図書館でする場合、靴を履き替えないといけないんです。それが面倒だということでなかなか人が集まらなかった。つまりそれだけみなさん、弱ってらしたんですね。
館長:震災後、雨のシーズンになる前にミナテラス内は土足を禁止にしたんです。mini図書館へ行くにはいったん外に出なければならず、靴を履かなければならないんです。
西村:でも脱いだ靴をまた履くのは面倒だと、ここで避難していた近所の人たちが言ってくれたんです。私には気兼ねなく愚痴も希望も言ってくれる。ご近所だから話しやすかったんでしょうね。
このセンターで邦楽などの演奏会をしたんですが、段ボールを敷いたりして靴を脱がなくても聴けるように工夫しました。
──コミュニティって、大事ですね。
館長:運営側の私に直接言われるときはきつく言われたりするんですが、西村さんというワンクッションがあるので助かりました。西村さんが運営側の事情をわかって話を聞いて、こちらにもかみ砕いて説明してくれる。コミュニティの力、大切さをあらためて感じることができました。
「全国からの応援ありがとう」──図書館再開の際、エントランスに掲示された応援メッセージ。海を超えてタイの高校生から送られてきたものもある。
──図書館は10月1日に再開されました。
館長:ここの避難所の閉鎖が8月末に決まりました。だいたい1か月くらいは工事にかかるだろうということで、再開を10月1日に設定しました。当日、特にイベントはしなかったですね。
西村:でもみんな、待ってたよーって、すごく喜んで来てくださいました。エントランスには応援メッセージや、地震から以降の図書館の取り組みについての報告を掲示しました。また震災コーナーも設置しました。再開からずっと続けている地震関連の壁面展示では避難所チラシや被災家屋状況地図を掲載し、新聞のスクラップ、救援物資、トイレなどを展示しました。
地震前はとても静かな図書館でしたが、おしゃべりをする人が増えました。もちろん私語は慎まないといけないんですが……。避難所で一緒だった方に、「久しぶりねー、あんたどこにおっとなあ」とかって言われたりしましたね。
館長:より地域の交流が増してきたような気がしますね。ようやく「交流情報センター」という名にふさわしい施設になってきたのかな、と思います。
住民目線の復興の軌跡を残したい
──図書館内では地震後、収集された資料を展示されています。集められたきっかけは何だったのでしょうか?
西村:地震が起きたときから、何かしないといけないって思っていたんです。私は郷土史の担当で、仕事は郷土史料を残していくこととわかっているんですが、いったい何から始めていいのかわからなかったんです。
くまもと森都心(しんとしん)プラザ図書館の河瀬裕子館長がお花を持ってお見舞いに来てくださったんです。神戸大学の「震災文庫」(注1)のことを話してくださって。「とにかく何でもいいけん、集めて」って言われたんです。そのとき、そばにカップラーメンなどの支援物資の段ボールがいっぱい積んであった。段ボールにはラーメン何個とか書いてあったり。「こういう段ボールでもいいんよ、集めるんよ」って。図書館員の中でもひどい被災状況にある私は、この資料は残すべき、捨ててもいい、とだいたいの目星はつきました。じゃあ今日から収集しよう、と。5月21日のことでした。
──言われたその日に。すごいパワーですね!
西村:何もかもなくなって着の身着のまま避難しに来てるのに、みんなニコニコしながら過ごしているわけですよ。やっぱり私たち司書も町の役に立つことをしなければ、寝ずに避難所を運営して、私たちを守ってくれている館長たちに申し訳ない。だから資料を収集し後世につなぐことが私たち司書の仕事だと責任を感じました。最初はミナテラスの入口と事務所に段ボールでつくった資料収集箱を置いて、「捨てる資料があればください」って呼びかけました。
体育館、ミナテラス、司書が住んでいた避難所などから貼り紙、物資、議事録といったさまざまな資料を、司書が手分けして毎日収集しました。でもなかなか理解が深まらないので、8月にはポスターをつくって貼らせてくださいって直訴して回りました。町内の避難所や学校、銀行とか事業所を駆けずり回って、資料収集への協力を呼びかけたんです。
館長:最初はどこも冷たい対応だったのですが、そんななかでも粘り強く、こまごましたものを収集してきた司書たちは有り難い存在でした。視察に来られた方などから、これはすごい資料ですね、とよく言われます。西村さんたちの行動は間違いじゃなかったんです。
西村:地震のことを調べに来られた人にこのときはどうでしたか?と言われたら、サッとファイルを取り出して、このときはこうでしたね、と見せることができます。どんなにつらくても、記憶は必ず薄れるもの。人間は覚えていないものなんです。記憶は残らないからこそ、記録で残さないといけないんです。
阪神大震災、そして東日本大震災という被災体験の礎があることも大きいです。神戸大学の稲葉洋子さんの本(『阪神淡路大震災と図書館活動―神戸大学「震災文庫」の挑戦』(注2))や東松島の図書館の本(『東松島市図書館3.11からの復興―東日本大震災と向き合う』(注3))をバイブルとして、それを図書館員みんなで読破したんです。私たちは真似っこしてやってるだけ、全然えらくないんです。前例があるから、そこに私たちの工夫を加えて、この2年、やってこれた。私たちは先人に勉強させていただいて動かしているだけ。ただ淡々と司書の仕事をしているだけなんです。
図書館再開後、初めての壁面展示。避難所の貼り紙、支援のチラシなど、収集した資料に加え、図書館員手づくりのかわいいブックポストちゃんも展示されていた。
──震災資料のアーカイブ化について、今後こうしていきたいという考えはありますか?
西村:ここだけで閲覧できる震災アーカイブを目指しています。データアーカイブという夢もありますが、まずは物で残す。ファイル一冊を一つの書誌として保存する。どこまで出せるのかという権利の問題があるので、書誌情報を作成するまでにはまだ時間がかかりそうですが。今はファイルで分類し、誰もが見やすい状態にしています。
館長:震災文庫として熟成させるのには時間が必要です。自分たちはとにかく集める。資料の取捨選択は未来の子どもたちに託そうと考えています。だからレファレンスしやすいように、資料の整理などを今やっておかなきゃいけない。アーキビスト(注4)としての役割を、西村さんにお願いしています。
西村:今、私は住宅再建の問題を抱えています。町の住民として、区画整理事業などの関連資料はすぐに手に入ります。そして郷土史も担当しているという、震災文庫をつくるのにうってつけの人物なんです。
だから怒られることもしばしばありますね(笑)。たとえばこのセンターの会議室でよく震災関連の会議が開かれるんですよ。そこに資料くださいってもらいに行くんです。図書館でその資料をすぐに公開しそうになるので、よく怒られます(笑)。
──今回推薦していただいた防災専門図書館の堀田さんから、「震災を知らない未来の世代のために何を集め、残し、伝えるのか」というメッセージをいただきました。
館長:いま学芸員のほうで阪神大震災の淡路島などを参考にしながら、断層を保存するという話が出ています。それに関連した講演会を昨年から開催しています。一年目はなぜ地震が起こったのか、そして二年目の今年は断層を調べることで減災、防災にどうつないでいくのかというテーマです。毎年4月14日、講演会は続けていきたいと思っています。
西村:住民目線で復興の軌跡を残していきたいと思っています。現在、県道を2車線から4車線に拡幅する計画や土地区画整理事業などが行なわれています。この計画と住民の住宅再建はうまくかみ合っていない。公的な文書は残っていきますが、一方でその間、住民はこんなふうに生活してきたんだという記録は残らない。だからそこにスポットをあてたいと思っています。ホームページは更新されて、以前の分が閲覧できなくなったりしますよね。そうじゃなくて、新しいものを古いものに折り重ねていく形で、今あることを淡々と確実に記録していけたらなと思っています。
今回の地震で注目された『水島日記』(明治22年に熊本で起きた地震を記録した『熊本明治震災日記』の通称)という本があります。あれはジャーナリストの一個人の日記でした。私たちは図書館として震災の史実、町の動き、住民の生活や心情まであらゆる資料を集めていきたいんです。よく災害が起きるとアーカイブのためにセンターなどを建てたりします。でもとくに建物がなくても、図書館の資料室はその役割にはいちばん適していると思っています。
阪神大震災の震源地、北淡町では20年前の職員を呼び寄せて整理をする、そういう段階に入ってきたと聞きました。熊本は地震からまだ2年。もっと資料を集めたいのだけれど、なかなか集まらないのが現状です。つまりまだ住民は落ち着いていないんです。地震の話もしたがらない。だから今集めなきゃいけないのは、私たち図書館員の身の回りのもの。それは図書館がすることだと思っています。この活動がもっと浸透して、いつかは図書館に震災資料が自然に集まってくることを望んでいます。
また私のような存在がいたら、どうしてもその人に情報が集まりがちになります。そうではなくてみんなで収集活動ができるような土壌をつくりたい。どうやって未来世代へとバトンをつないでいくか、これも今後の課題だと思っています。
(注1)神戸大学附属図書館に設置された阪神・淡路大震災関係資料文庫(http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/)。1995年1月17日の大震災発生直後から生み出された、被害・救援・復興などに関するさまざまな資料・文献を収集。収集資料は、商業出版物・私費出版物、各種団体・個人による研究報告・調査報告・統計資料・講演会等の記録・レジュメ・チラシ類などの印刷資料のほかに、電子資料(CD-ROM等)・ビデオ・録音カセット・マイクロ資料・写真・地図など多岐にわたり、2016年12月末現在約56,000点(約32,500タイトル)という大規模なコレクションとなった。2004年の中越地震では新潟県の長岡市立中央図書館文書資料室、2011年の東日本大震災では東北各地の図書館、というように、被災地では図書館にアーカイブを創る動きが起きている。
(注2)稲葉洋子 著/人と情報を結ぶWEプロデュース・ 西日本出版社 (発売)/ 2005.3/ISBN 4-901908-09-X
(注3)加藤孔敬 著/日本図書館協会/2016.3/ISBN 978-4-8204-1519-0
(注4)文書管理の専門家.公文書館や古文書館などの専門職員のほか,官公庁において公文書の管理と保管,あるいはその公開サービスにかかわる業務に従事する者や,企業などの文書管理担当者も含まれる.一般には,文書類の鑑定,評価,収集,整理,保管(分類,目録などの作業を含む),公開や提供(展示,出版,あるいは管理している文書の内容に関する情報提供サービスなどを含む)などが主要な任務とされている.(「図書館情報学用語辞典 第4版」)
2017年2月からの展示。地震から現在までを追った変わりゆく町の写真や被害状況図、そして地震当時の図書館員のLINEのやり取りなども展示されている。
益城町図書館
2009年4月、「都市と農村が交流する文教の里」の中心的施設として、総合運動公園内にオープンした益城町交流情報センター(愛称:ミナテラス)の「快適な図書館」というコンセプトで開館。ミナテラスは図書館のほか、「情報スペース」の視聴覚室、IT学習室、「交流スペース」の会議室などで構成されている。図書館のコンセプトは「交流型図書館」。小さな子どものためのはだしコーナーやくつろいで本が読めるたたみコーナーなど、さまざまなニーズに対応している。益城町は子育てがしやすい町として知られ、図書館においても蔵書の中で児童書が3割を占めており、親子ふれあい図書館を目指している。
住所 | 〒851-2242 熊本県上益城郡益城町木山236(総合運動公園内) |
---|---|
TEL | 096-287-8411 |
HP | http://www.town.mashiki.lg.jp/kouryu/ (益城町交流情報センターホームページ) |
kouryu@town.mashiki.lg.jp | |
開館時間 | 火曜日~日曜日10:00~18:00(水曜日は12:00~20:00) ※休館日は月曜日(祝祭日の場合は翌日)、毎月第3金曜日、年末年始、特別整理期間(年1回) |
利用できるひと | 益城町に在住・在勤・在学者は館外貸出も可能 |
蔵書数 | 約14万冊 |
面積 | 3012.4㎡ |
開館年月 | 2009年4月 |
ミナテラスの敷地内に設置されたプレハブの交流施設「よかましきハウス」。ここにミニ図書館が開設された。
ミニ図書館の開館日には毎回、500冊の図書を図書館から台車で移動していた。
ミニ図書館の貸出本コーナー。絵本から児童書、趣味の本、小説などさまざまなジャンルが取り揃えてある。
ミニ図書館での子どもたちのための読み聞かせ。大半が家族で参加していた。
ミニ図書館での大人のためのお話し会。読み聞かせ、手遊びなどが行なわれた。
2017年2月からの壁展示より。資料の収集に協力してほしいと呼びかけている。司書たちはこのチラシを持って町内各所を回った。
現在、図書館が収集した震災資料は地震時に壊れたロッカーで分類。
当初、震災資料は段ボールで分類されていた。
図書館内に設置された震災関連本コーナー。新聞のスクラップ、町のホームページのプリントアウトも保存されている。
町のホームページはプリントアウトをして保存。写真は2016年5月の「『り災証明書』交付にかかる整理券配布状況について」。
司書9人の地震時の手記。西村さんの手記は「明るさだけは失わず、柔軟に、柳のように生きていけたらと思っている」と結ばれている。
益城町の住民、吉村陸太郎さんによるルポルタージュ『熊本地震』。地震直後の生活や町の被災状況などを写真で紹介。
2016年6月20日~26日の週間スケジュール。炊き出し、マッサージ、生活総合相談窓口、時間帯や場所などが書かれている。
町のホームページなど最新情報はブックトラックに保存。
東北地方出身・在住の作家グループからの寄贈本。「東北の人がどう震災と向き合ってきたのかを感じ取ってほしい。2年目以降の熊本の被災地を考える一助となれば」といった言葉が添えてある。
壁展示より、益城町被災状況図。赤は全壊、青が大規模半壊、緑が半壊、黄色が一部損傷。ピンクが2車線から4車線化される県道熊本高森線。
図書館が主催している断層見学ツアー。
益城町図書館のキャラクターは司書がデザイン。町の鳥、うぐいすをモチーフにしたもので、名前は「うぐちゃん」。