旅の図書館(1)東京都港区
1978年に財団法人日本交通公社が開設した、旅の図書館。一昨年の秋に移転リニューアルオープンした図書館を訪ね、リニューアルのきっかけや独自分類の導入、移転時に苦労したエピソードなど、福永香織館長と大隅一志副館長にお話をうかがいました。
研究と実務に役立つ図書館へ
──2016年秋に八重洲から移転リニューアルされました。インテリアも南青山という場所に合った落ち着いた感じですね。
福永:照明からイス、カウンター……全部自分たちで選んだんです。何回もインテリアのショールームに通って。図書館のカウンターの高さをどうするとか、トイレのサインもこういうのがいいなとか……図書館のサインも自分たちでデザインしました。
──自らデザインなんて、素敵! では、旅の図書館の成り立ちについてお聞かせください。
福永:公益財団法人日本交通公社が運営する観光・旅行の専門図書館です。1978年に「観光文化資料館」(99年に「旅の図書館」と改称)として東京駅八重洲口からすぐの場所に開設されました。「テーマのある旅を応援する図書館」をコンセプトに、国内外のガイドブックや地図、旅行記など旅行に役立つ、旅の下調べ向けの資料が蔵書の中心でした。
移転を機にコンセプトを「観光の研究と実務に役立つ図書館」とし、大転換をはかりました。観光の研究者および実務者、観光を学んでいる学生、あるいは観光に関する動向や歴史に興味をお持ちの方を主な利用対象者としています。
──大転換のきっかけは何だったのでしょうか?
福永:2012年の創業100周年の年に、(財)日本交通公社が公益財団法人化されました。そのとき組織の方向性や活動について、10年後の2022年を目標とする長期経営計画「’22ビジョン」を全職員で策定し、「旅行・観光分野における実践的な学術研究機関」を目指すことになりました(2016年4月には文科省から「科学研究費補助金取扱規程に規定する学術研究機関」の指定を受ける)。図書館も「実践的な学術研究機関の一組織として機能する図書館」として位置付けられ、専門性や研究ライブラリー機能の強化を行ないました。
また「’22ビジョン」には今後の財務基盤の安定を考えて、自社ビルを建てることが盛り込まれました。前の図書館は一般の方を対象にしていたので便利で人目につく場所にということで、本部とは10分ほど離れた場所に位置していました。今回自社ビルを建てるにあたって、図書館も本部ビルに入ることになったんです。
そのうえインターネットの普及で旅行情報の収集手段が変わり図書館の来館者数も1990年代後半から低下し続けていたため、ビジョンを立てたとき図書館は閉架式にしようという話がありました。
大隅:本部の研究機関には非公開の資料室がありました。研究のために収集した資料などがあり、研究員は図書館がなくてもそんなに困らなかったんです。
ちょうど本部移転の話が動き出したときに、私は図書館に異動してきました。このまま何も動かなかったら図書館は閉架式の資料室のような場所になってしまう、という危機感が強くなって、すぐに移転後の図書館像について考えました。そして図書館のスタッフみんなで考えたのがこのイメージだったんです。
構想策定時の図書館のイメージ。
このイメージを ベースにして新しい図書館構想をプレゼン資料にして、図書館スタッフ全員で会長に話をしに行ったんです。会長はこれを見て、よし、これで行こう、あなたたちの力で具体的に形にしなさい、と言ってくれて。閉架式の図書館から私たちの目指したい図書館の方向へと大きく舵を切ってくれました。
──ドラマチックな大転換。図書館スタッフの熱意が通じたんでしょうね。
大隅:現時点では、まだこの中の一部しか実現してないかもしれないんですが、いまでもこの方向性は間違っていないと思っています。このイメージに図書館をもっと近づけたいという思いはいつも胸にありますね。
──そして移転前に組織変更もあったそうですね。
福永: 2016年4月に「観光文化情報センター」という部門がつくられました。組織は旅の図書館と編集室と企画室からなるものです。図書館の運営に加えて、調査研究部門と連携し、『観光文化』など機関誌やホームページでの情報発信や、研究会などの企画を通して(公財)日本交通公社の学術研究機関としてのブランディングにつとめています。ちなみに私は図書館と企画室を兼務しています。外と中をつなぐ、観光の研究・情報のプラットフォームを構築するという役割を果たすというのがこのセンターが目指すものです。
──このビルのレイアウトはどうされたんですか?
大隅:研究部はメインだからいちばんいいところとか、1階には総務部が必要だとか、やっぱり図書館は地下かなとか……まったく白紙の状態から考え始めましたね。
でもご覧いただいたように最終的には、図書館を一部に併設しているというよりは、当財団の活動を見せていく場として図書館を生かしたビルをつくろうと。もう図書館と一体となっているんですよね。図書館のカウンターは、当財団の総合受付にもなっていますので、お客様は図書館に自然と足を踏み入れるつくりになっているんです。
図書館は人が交流する接着剤としての役割もあるし、対外的には研究部門の活動を見える化して外にわかってもらうための場でもある。図書館の中に会議室があるから、会議も図書館内で行なっています。そこに来る人たちが、(公財)日本交通公社は図書館も持っているんですねと感心してくれます。そしてそれは研究活動にとってもプラスになっていると思います。
1階のライブラリープラザ。写真右後方が図書館カウンター。公益財団法人日本交通公社の総合受付でもある。
自分たちで提案したからこそ
──リニューアルを機に導入された独自分類も大変注目されています。
福永:コンセプトの転換で蔵書も含めて大幅に見直しをすることになりました。そこで独自分類の導入の話が出てきました。
大隅:NDC(日本十進分類法)だと観光資料は689。国別や都道府県別など地域別には分かれるんですが、全部689なんですね。こちらである程度グループ化して書架に入れていましたが、お客様からもよく資料が探しにくいという意見をいただいていたり、我々図書館員もどこに戻したらいいかわからなくなったりで……じつは八重洲のころから独自分類の必要性は痛感していたんです。
しかしいざ独自分類をつくるとなると、どうすればいいのかわからない。なので、松竹大谷図書館とか味の素食の文化ライブラリー、アドミュージアム東京など、独自分類を実践している諸先輩方に教えを請いに行きました。お話をうかがってここまでのことをやらねばならないんだ、と独自分類作成の大変さを実感しましたね。そこから約1年かけて作成に取り組みました。
福永:観光研究資料はツーリズムの“T”をとってT分類、当財団が持っているコレクションはファンデーションの“F”をとってF分類、それ以外はNDC分類を用いて分類しました。みんなで資料にシールを貼っていきましたね。貼った後にいやこっちじゃないとかこれはこっちだとかやりながら……。
研究部門の資料室との統合作業も大変でしたね。図書館との重複図書もありましたし。またコンセプト変更にともなって紀行文とか文学系の資料を減らしました。除籍をしたものもありますが、3000冊くらい、由布市とか釧路市(阿寒町)に寄贈(注1)したんですよ。
大隅:資料室の資料と図書館の資料を同じ場所でいったん再整理をしてから移転の準備ができればよかったんですが、別の場所にあった図書館は先に閉鎖しなければならず、図書館の資料は1年くらい倉庫に入れなければなりませんでした。新しい図書館のどこに置くかあらかじめ想定して段ボールに入れましたね。
福永:加えて、戦前の古書が2300冊くらいありまして。八重洲のときは事前に申請してもらって、カウンター内の保管スペースから出してくるという閲覧方法だったんですが、リニューアルにともないその貴重資料も専用書架を設置して並べるようにしたんです(閲覧には申請が必要)。なので古書のほうも分類をしました。場所がなかったので会長室の隣の部屋で分類作業をしていきました。まるでそこは古書室でしたね。
並行して家具のショールームに行ったり、機関誌の『観光文化』の図書館リニューアル号の記事も書いていました。また財団のホームページの全面リニューアル、新しいオフィスの内覧会の準備なども同時進行で進めていましたね。
──ほんとうに大変でしたね。実際作業は何人でやられていたんですか?
福永:センター長に大隅に私。あと契約職員が一人と資料室の職員が一人……。
大隅:あとは学生さんとかほかの部のアシスタントさんをお借りして。なんでこんなことができたんだろう(笑)。
──こちらに来られたのはいつですか?
大隅:2016年の8月のお盆前くらい。図書は段ボールにして2300箱くらいありましたね。でもそのときはまだカウンターはないし、雑誌架も届いていないし。本部の引っ越しが次に来るので、それまでに図書を全部出しておかないといけなかったんです。引っ越し業者さんにも手伝ってもらいましたね。
福永:納入される予定のものが間に合わないというのが多々ありました。椅子は北欧から船で取り寄せていたんですが、納期の遅れが判明して。図書館オープン前の9月に3回、「たびとしょCafe」(2014年から始まった、観光に関わる人たちの交流の場として設けられたミニ研究会)にからめた内覧会を開催するという企画がありました。1回100人くらいのお客さんを招待していて。間に合わない椅子は同じものを全国のショールームからかき集めてもらって、いったんそれを配置していました。
大隅:ほかに大変だったのは新しい分類になったので、資料に貼ってあるラベルを一回はがしてまた新しいラベルを貼る作業。新着図書のシール貼りがゼロからだとすると、これはいわばマイナスから始めるというもの。あれも結構大変な作業でしたね
──ほんとうに心よりお疲れさまと言いたいです。
大隅:でも自分たちが提案して、それを組織として受け止めてくれたわけなんで……決していやいや作業しているわけじゃないから、当時はつらいとは思わなかったですね。
福永:あまりにも目まぐるしくて、覚えていないことのほうが多いですね (笑)。でもこういう機会はあとにも先にもなかなかないと思うので、楽しいと言えばとっても楽しかった。レイアウトからトイレのサインから、全部自分たちでつくれちゃうんですよ。
大隅:外部に丸投げすればいいという意見もあったんですが、丸投げすると自分たちの資料がどこに置いてあるかわからなくなる。すべての資料に目を通しているからこそ、たいていどこにどんな本があるかはわかるんです。自分たちでわかるというのはやはり大きいです。ここの部分の資料が足りていないなと気づくこともできますしね。
──さまざまな危機に直面しながら、移転リニューアルという大きな仕事をやり遂げました。もう怖いものはないんじゃないですか?
福永:いえ、でもここからが逆に難しいですね。このハコができて、このハコをどのようにうまく生かして今後運営していくのか。ハードが整うとそれに見合ったサービスや中身づくりをつねに考えねばならない。ただ、いまはおかげさまで、あれもしたい、これもしたいというアイデアがいっぱい浮かんできて、移転後に新たに地域情報誌を集めたり、館内の企画展示を充実させたり、ニュースレターを発行したりしています。
(注1)2016年2月に阿寒湖温泉の「まりむ館」に「旅の図書館 阿寒湖温泉サテライト」という書架が配置され、寄贈書約1700冊が入れられた。2018年4月には「由布市ツーリストインフォメーションセンター(TIC)」が完成。2階に旅の図書館が併設され、寄贈書約1500冊が置かれている。
インタビューに答えていただいた、福永香織館長(写真右)、大隅一志副館長(同左)。後ろの書架で黄金色に輝くのは、国連世界観光機関寄託図書館(UNWTO)の認定証。
旅の図書館
「テーマのある旅を応援する図書館」として、1978年、八重洲第一鉄鋼ビル1階に、財団法人日本交通公社が開設(当時の名称は「観光文化資料館」。1999年に現在の名称に改称)。日本各地、世界各国の旅行ガイドブック、地図、時刻表、旅行関連雑誌、紀行文など、旅行・観光に役立つ資料を中心に収集。2002年には専門図書館協議会へ加盟。蔵書数は3万5千冊(雑誌を除く)。来館者数は累計約87万人。
2015年9月にいったん閉館し、翌16年には研究部門、総務部とともに南青山に移転・リニューアルオープン。「観光の研究と実務に役立つ図書館」にコンセプトを変更し、観光の研究者、観光を学ぶ学生、旅行・観光産業に関わる実務者を主な利用対象者とした。旅行・観光に関する専門資料を収集。2017年には国連世界観光機関の寄託図書館に認定。
公益財団法人日本交通公社
日本を代表する旅行・観光分野の学術研究機関。英語表記はJapan Travel Bureau Foundation、略称JTBF。訪日外国人の接遇を目的として1912年(明治45)3月に設立されたジャパンツーリストビューローとして誕生。1945年(昭和20)財団法人日本交通公社となる。1963(昭和38)年に営業部門(現・株式会社JTB)を分離し、旅行・観光に関する研究調査に加えて、シンポジウム・セミナーなどの開催、出版物の刊行、旅の図書館の運営など、観光文化振興のための公益面での活動を行なっている。2012年(平成24)4月に公益財団法人に移行。組織は研究部門(観光政策研究部、観光地域研究部、観光経済研究部)、観光文化情報センター(旅の図書館、企画室、編集室)、総務部からなる。
住所 | 〒107-0062 東京都港区南青山2-7-29日本交通公社ビル |
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TEL | 03-5770-8380 |
HP | https://www.jtb.or.jp/library |
tabitosho_info@jtb.or.jp | |
開館時間 | 月曜日~金曜日 10:30~17:00(休館日は土曜日・日曜日・祝日、毎月第4水曜日、年末年始、その他) |
利用できるひと | 誰でも利用可。利用にあたっては1階の受付カウンターにて利用手続きが必要(地下1階の利用には身分証明書の提示が必要) |
蔵書数 | 約6万冊 |
閲覧席数 | 51席 |
延床面積 | 550㎡ |
開館年月 | 1978年10月 |
1階のエントランスギャラリーでは研究活動を紹介。このとき掲示されていたのは「自然災害と観光復興」について。
エントランスコーナー。
ライブラリープラザには旅の情報コーナーを設置。海外や国内の情報が得られる。
国内外の航空会社より寄贈されている機内誌は約40誌。
全国各地で発売されている地域情報誌も配架。ディープな情報を収集できる。
1階の雑誌架。閲覧席が見える。ゆったりくつろげるつくりになっている。
1階のガーデンラウンジ。研究員のミーティングスペースと閲覧スペースを兼ねている。
ガーデンラウンジの書架にある、研究者や実務者が選んだ「一度は読みたい観光研究書&実務書100冊」のコーナー。
ガーデンラウンジ前の2階・研究部門につながる階段。
1階には第5回ふるさとパンフレット大賞の受賞パンフレットが展示されていた。