東京文化会館音楽資料室(2)東京都台東区
東京文化会館の音楽資料室は音楽専門図書館であり、誰でも利用できる公共の図書館でもあります。収集やレファレンスにおいて、専門的な知識は果たして必要なのか? 図書館のこれからをどう思い描いているのか? 前回に引き続き、司書の遠藤淑恵さん、篠原智子さん、高関瑶さんにお話をうかがう2回目。
東京文化会館外観。4階に音楽資料室がある。建物を設計したのは日本の近代建築界をリードした前川國男氏。ちなみに文化会館の隣には前川の師、ル・コルビュジエが設計した国立西洋美術館がある。
やっぱり音楽が好き!
──現在図書館スタッフは何人いらっしゃるんですか?
遠藤:司書は4人、カウンタースタッフが6人。シフト制を組んで働いています。つねに資料室には最低5人はいるようにしています。
──みなさん、音楽はもとからお好きなんですか?
篠原:私はクラシックに関して決してくわしくはなかったのですが、音楽自体は好きなほうでした。来た当初はわからないことだらけだったので、とにかく日々吸収して仕事を覚えていきましたね。でもいまだに全然名前を聞いたことがない作曲家のことを聞かれることがありますよ(笑)。クラシック音楽は奥が深くて面白いです。
遠藤:小さいころからピアノを習っていたり、中高では合唱部に入っていたりしたので、音楽はいつも身近なところにありました。合唱の曲を選ぶのにCDを聴けるからいいよって友達に紹介されて、高校生のときにここに来たことがあるんです。
──それがいまの職場になってるなんて、素敵です。高関さんは音大で学ばれていたんですよね。
高関:はい。でも学んでいたオーケストラのことはわかるんですが、オペラの楽譜などはあまり見たことがなかったので、ヴォーカルスコアの存在を知りませんでした(笑)。日々、勉強させていただいてます。
──図書館のお仕事には選書がありますが、CDやDVDなどを選ぶのは難しいかと思います。どうされているんですか?
篠原:ここでは図書のほか、CD、DVD、楽譜を収集しています。いま司書が4人いるので、それぞれが担当を受け持っています。またそれぞれが違うジャンルの副担当もつとめていて、二人で話し合ってだいたい発注するものを決めて、最終的には上長に判断してもらっています。
──まずはCD。どうやって決めてらっしゃるんですか?
遠藤:私たちの独断では決められないので、『レコード芸術』『音楽の友』などクラシック専門誌の最新号のレコード評を何誌か見て、総合して評価が高いものをピックアップします。その際、利用者からのリクエストも参考にしたりしています。またできるだけ演奏家のデビュー盤は収集するようにしています。
──DVDはいかがですか?
篠原:オペラやバレエ、クラシックのコンサートで評価の高いものを中心に収集しています。オペラの場合は、日本語字幕があるものを重視していますね。英語字幕だけだとやはり利用者が限られてきますので。でも最近は日本語字幕付きのものが減っていて困っています。
──図書や楽譜はどうやって決めてらっしゃるんですか?
高関:図書はクラシックに限らず、音楽全般を収集対象としています。見計らい方式(注1)を利用したり、書評などを見たりして選んでいます。
篠原:楽譜は作曲家の全集の継続購入が中心です。また文化会館で毎年コンクールを開催しているのですが、その際に使われるものなども購入しています。
──購入頻度は決まっているのですか?
遠藤:CDは毎月リリースされるので、毎月発注しています。
篠原:DVDは発売数が少ないので、年に二回程度まとめて発注しています。
高関:図書は2、3か月に一回くらいですね。
──書庫も拝見させていただきましたが、楽譜や雑誌など紙の資料に加え、レコード、CDなどの保管も難しいですよね? 注意していることなどありましたら教えてください。
高関:365日室温を20~23℃、湿度を50~60%になるようにして保管しています。
閉架書庫1階にある楽譜棚。写真は重厚な装丁が際立つ、バッハ全集。
──そして毎月CDが増えるから、スペースの確保が大変だと思います。
篠原:CDの棚がいっぱいになってきたので、CDをプラスチックケースからジャケットとともに薄型のソフトケースに入れ替える作業をしています。これをすることによって、なんとスペースが半分くらいになりました。
──人力作戦、お疲れさまです! 雑誌や楽譜などの保管についてはいかがでしょう?
篠原:古い雑誌や楽譜などの紙資料は、劣化が進んでいるものは封筒や簡易帙(ちつ)などに入れて保管しています。
次世代に残していきたい財産とは
──レファレンスに関してはいかがでしょうか?
遠藤:音楽資料に関しては曲はもちろん、作曲者、編曲者、演奏者といったたくさんの人物や、いろんな楽器などが関わっています。それぞれの名前も言語によって違うとか、カタカナ表記も時代によって、メディアによって違っていたりもします。だから利用者の方が求めているものに行き着けるようにするのがすごく難しいんです。
篠原:日本語訳のタイトルしかわからない曲を探すのは苦労します。訳す人によって言葉が違ってきてしまうので、原語のタイトルを聞いたりして、綴りなども教えてもらうようにしています。
またたとえばモーツァルトの楽譜を探しているとすると、オリジナルの楽譜なのか、それとも日本語訳が付いている楽譜なのか、編成を変えたこの楽器とあの楽器に編曲された楽譜なのか……それによって全然違うんです。
──確かに、図書だけだと著者名さえわかっていれば、わりとすぐに目的のものは見つかるかもしれませんが、音楽資料には膨大な情報が関わってくるから、行き着くには図書の何倍も時間がかかりそうですね。
遠藤:音楽に関する専門知識はないよりはあったほうがいいと思います。ただ基本的に利用者のほうが私たちよりくわしいんです。何かを調べられていたり研究されていたり、そのアーティストの熱烈なファンであったり……。だからまずは利用者から情報をどれだけ引き出せるかがカギだと思っています。たとえ常識で知っていることだとしても、できるだけ多くのことを利用者から引き出していく。知っていることをすべて教えてもらったうえで、どうやって調べていくのか、何をつかって調べていくのかが、私たち司書の請け負う部分だと思っています。
──いままでで最も印象に残ったレファレンスなどはありますか?
高関: 80代くらいの男性の方が、小さい頃に親戚のおじさんかおばさんに教えてもらった歌を知りたいと、こちらに来られて。うろ覚えでしたが歌い出しを聞かせていただいて、それをもとに調べました。けっこう時間がかかったんですけど、昔の教科書にその曲の楽譜が載っていたんです。帰り際にその方が、まるで初恋の人と再会したみたいだよってキラキラした目でおっしゃったのが、とても印象的でした。
──すばらしい! こちらもうれしくなりますね。
篠原:この言葉が歌詞に出てきたとか、でも曲名は覚えていないという歌のレファレンスが近年、結構増えてきましたね。最近の曲だとインターネットで調べると何かしら引っかかることも多いですが、古い曲は検索しても出てこないことのほうが多いので、歌詞以外の情報からも当たったりします。
また馬が出てくる映像資料が見たいと言われて。たまたま私が受け入れたDVDの中のジャケットの写真で騎馬隊が写っているものがあったんです。これはどうですかと見てもらい、満足していただくことができました。レコードやCDなどのジャケット画像はデータベース化されていないから、視覚情報から資料を探している場合は結局一枚一枚見ていかないといけないんです。
遠藤:資料室では東京文化会館で行なわれた公演のプログラムを保管しているので、過去の公演についての質問を受けることも多いです。「このアーティストが初来日したときのプログラムが見たい」とか、「この日のオペラの配役は?」とか。すぐに回答できることもありますが、そうでない場合は当時の新聞や雑誌記事、関連する録音資料の解説などを順に見ていきます。地道な作業で大変ですが、勉強にもなりますし、無事に回答できると達成感があります。
──さてこれから5年後、10年後の音楽資料室。何か思い描いていることなどありましたら、お聞かせください。
篠原:さっきもお話しましたが、書庫にある紙資料の劣化が深刻なものから順に、閲覧に耐えられるような方法の一つとしてデジタル化も含めて考えていければいいな、と。その一方で、ここにあるレコードなどのアナログの録音資料のよさも発信して、たくさんの人に来てもらえるようになっていければいいな、と思っています。
クラシック音楽も楽譜もインターネットを通じてダウンロードできてしまう時代です。レコードやCDを聞きに来る人はやはり減っていますが、音楽に触れられる、音楽を楽しめる空間であることを守り続けていきたいです。
遠藤:現在はものすごい勢いでいろいろなものが変化しています。10年前はまだ、スマホはここまで普及していませんでした。でもいまは音楽配信サービスがあったり、電子書籍があったり、すべてがスマートフォンの中にある。
だけどそれは、自分の手元に残るものではないんですね。おおもとのサービスが終了すると何も残らない。私はそれがこわいなって感じるんです。一般のユーザーが趣味の範囲で利用するにはそれで十分だと言われそうですが……。この先の世界でも、残していきたいもの、受け継いでいきたいものがここにはたくさんある。それを大切にしていきたいと思っています。
──目録カードもそうですよね。あれは本当に先輩から受け継いだ財産ですよね。
篠原:検索に関しては確かにデジタル化されるといろいろなものが紐づけされて調べられるから便利かもしれませんが、カードはそれ一枚しかないからデジタルよりも探しやすいという面もあります。どうにかうまくその両方の特色を生かすことができないか、と考えています。
(注1)出版情報などをチェックしてから発注するという手間を省くため,収書方針などに照らして,あらかじめ書店に一定の範囲を示し,納品された資料をチェックして採否を決定する資料購入方法.書店側は,その図書館の収集方針や資料の範囲,内容の程度などをよく理解する必要がある.書店が一次選択をすることになるので,受入担当者は,出版情報の内容をよく把握し,漏れのないように留意することが求められる.(ジャパンナレッジ「図書館情報学用語辞典 第4版」)
作曲者目録カードボックス。多くの図書館では検索方法はOPACなどに変わっているが、ここではカードは現役。レコードや楽譜を探す際に使用する。
東京文化会館音楽資料室
1961(昭和36年)年に開館した東京文化会館内に、音楽専門の図書館として開設。クラシック音楽を中心に民族音楽、日本の伝統音楽、舞踊に関する資料などを無料で閲覧・視聴できる。楽譜を見ながらレコードやCD、DVDなどを視聴することもできる。東京文化会館で行なわれた公演プログラムも全点所蔵されている。
東京文化会館
音楽文化を中心とする総合施設で東京都台東区の上野恩賜公園にある。東京都の開都500年記念事業として1959年(昭和34)起工、61年に開館。建物の設計は前川國男氏。内外のオーケストラ、オペラ、バレエをはじめとする数々の公演が開催されている。大ホール、小ホールのほか、リハーサル室や会議室、音楽資料室をもつ。
住所 | 〒110-8716 東京都台東区上野公園5-45 |
---|---|
TEL | 03-3828-2111 |
HP | http://www.t-bunka.jp/library/index.html | 開館時間 | 火~金:11:30~18:30、土・日・祝:11:30~17:00 ※資料複写受付は閉室の1時間前まで |
休室日 | 月曜日、保守日等(不定期) |
利用できるひと | 中学生以上は誰でも利用可、ただしパート譜の団体貸出を除き、資料は館内閲覧のみ(小学生は保護者同伴で利用可) |
蔵書数 | 音源資料 73,707枚(LP 39,117枚、CD 34,590枚)、映像資料 4,299枚(LD・VHD 1,832枚、DVD 2,467枚)、楽譜 34,249冊、 図書 20,955冊 |
閲覧席数 | 閲覧室25席、視聴室30席 |
延床面積 | 閲覧室68㎡ 視聴室68㎡ |
開館年月 | 1961年10月 |
閉架書庫1階の、39,000枚余りのレコードが保管されている棚。受入順に並んでいる。
閉架書庫の1階壁際にあるCDの棚。スペース確保のために、CDはプラスチックケースからビニールケースに入れ替え中。
閉架書庫1階の楽譜の書架。ここにはチェンバーミュージック(室内楽)の楽譜がズラリ。
赤い装丁が美しい、イタリアの作曲家ヴェルディのオぺラの楽譜。
モーツァルトの「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」(エクスルターテ・ユビラーテ)のパート譜。アマチュアの楽団に貸し出されている。
閉架書庫2階。東京文化会館の公演プログラムがすべて保管されている。
東京文化会館開館当初に行なわれた「東京世界音楽祭」のプログラム。英国ロイヤルバレエ団の初来日公演などが行なわれた。
東京文化会館で行なわれた公演記録も保管されており、公演日時、出演者のほか、アンコールの曲まで記録されている。
音楽関係新聞等の切り抜きも保管。写真は東京文化会館オープンを伝える記事。
閉架書庫2階には雑誌のバックナンバーも並ぶ。『邦楽ジャーナル』『スウィングジャーナル』といったクラシック以外の音楽や、『月刊エレクトーン』『ザ・クラリネット』など楽器に関する雑誌も収蔵。
資料室スタッフ手づくりの「東京文化会館音楽資料室だより」。各号のテーマに沿って、おすすめの資料を紹介している。