日本大百科全書(ニッポニカ)のサンプルページ一覧

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シーボルト事件(日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸後期、ドイツ人医師シーボルトの国外追放事件。1828年(文政11)9月、オランダ商館付医官シーボルトが任期を終えて帰国しようとした際に、たまたま起こった暴風雨のために乗船が難破し、積み荷が調べられた。そのオランダへ持ち帰る荷物のうちに、伊能忠敬
寛政の改革(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸後期、老中松平定信(さだのぶ)(在職1787~93)が主導した幕府の政治改革。享保(きょうほう)の改革、天保(てんぽう)の改革とともに、幕政の三大改革といわれる。[竹内誠]▲改革の前夜寛政の改革の前代は、老中田沼意次(おきつぐ)が政権を握っていた
生類憐みの令(日本大百科全書・国史大辞典・世界大百科事典)
江戸幕府5代将軍徳川綱吉(つなよし)がその治世(1680~1709)中に下した動物愛護を主旨とする法令の総称。1682年(天和2)犬の虐殺者を死刑に処したのに始まり、85年(貞享2)馬の愛護令を発して以来、法令が頻発された。綱吉の意図は社会に仁愛の
公事方御定書(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸幕府が初めて編纂(へんさん)した裁断判例集。「御定書百箇条」とも称せられる。上下2巻。上巻は81条、司法関係の触書(ふれがき)や諸例規を集め、下巻がいわゆる百箇条で、実際には103条からなり、500項目余りに分かれ、判例や慣習に基づいて、判決の
執権政治(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
鎌倉時代、北条(ほうじょう)氏が執権の地位によって、幕府の実権を掌握した政治体制。前期の鎌倉殿(かまくらどの)(将軍)独裁政治、後期の得宗(とくそう)専制政治の中間に位置づけられる。1203年(建仁3)北条時政(ときまさ)は源頼家(よりいえ)を廃して
日独伊三国同盟(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1940年(昭和15)9月27日、ベルリンで調印された日本、ドイツ、イタリアの間の軍事同盟。三国同盟締結交渉は、最初、1937年に結ばれた日独伊三国防共協定を強化しようという目的で、第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣の末期に始まったが、1939年
室戸台風(日本大百科全書・世界大百科事典)
高知県室戸岬付近に上陸した二つの超大型台風のことをさす。二つとは、第一室戸台風(1934年襲来)と第二室戸台風(1961年襲来)であるが、一般的にただ「室戸台風」とのみよぶ場合は、第一室戸台風のことをいう。〔1〕第一室戸台風1934年(昭和9)
満州事変(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1931年(昭和6)9月18日の柳条湖(りゅうじょうこ)事件に始まった日本軍の満州(中国東北地域)侵略戦争。[君島和彦]▲前史満州、とくに南満州は、日本が日露戦争後に長春(ちょうしゅん)(寛城子)―旅順(りょじゅん)間の鉄道およびその付属の利権を獲得
乃木希典(日本大百科全書・世界大百科事典)
陸軍大将。嘉永(かえい)2年11月11日、長州藩士族乃木希次(まれつぐ)の三男として江戸藩邸に生まれる。萩(はぎ)(山口県萩市)の明倫館(めいりんかん)に学び、報国隊に属し、戊辰戦争(ぼしんせんそう)では東北を転戦。維新後、フランス式軍事教育を受け
蒸気機関車(日本大百科全書・世界大百科事典)
蒸気機関を原動機とする機関車。略してSLともいう。[松澤正二]▲歴史蒸気機関を鉄道車両に応用して蒸気機関車をつくったのは、イギリスのトレビシックで、1804年初めてレールの上を走らせた。その後、1825年にスティーブンソンのロコモーション号は
歌川広重(日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸後期の浮世絵師。江戸・八代洲河岸(やよすがし)定火消(じょうびけし)同心、安藤源右衛門(げんえもん)の長男として生まれた。幼名を徳太郎、俗称を重右衛門(または十右衛門)、のち徳兵衛といい、後年には鉄蔵と改めた。1809年(文化6)13歳のときに
日中国交回復(日中共同声明)(世界大百科事典・日本大百科全書)
1972年(昭和47)9月29日、わが国の田中角栄首相・大平正芳(まさよし)外相と、中国の周恩来(しゅうおんらい)首相・姫鵬飛(きほうひ)外相との間で、それまで行われた意見交換の結果として、両国政府によって発出された「日本国政府と中華人民共和国政府の
小泉八雲(日本近代文学大事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
随筆家、批評家。ラフカディオ・ハーン(ヘルン)LafcadioHearn。ギリシアに生まれ、生後1年半でアイルランドのダブリンに移り、1863年左眼失明。のちフランスのカトリックの学校を中退、渡米して新聞記者となり、『タイムス・デモクラット』紙の文学
大森貝塚(日本大百科全書・世界大百科事典・日本歴史地名大系)
アメリカの動物学者エドワード・S・モースが1877年(明治10)6月、横浜から東京・新橋(しんばし)へ向かう汽車の車窓から発見した貝塚。東京都品川区大井6丁目、東海道本線の線路ぎわに「大森貝塚」の碑がある。また大田区山王1丁目地内に「大森貝墟(きょ)
サンフランシスコ講和条約(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
連合国と日本の間で第二次世界大戦を終了させる講和条約で、1951年(昭和26)9月8日にサンフランシスコで署名され、1952年4月28日発効。サンフランシスコ講和条約ともよばれる。当事国は45。中国は、アメリカが国民政府を、イギリスが中華人民共和国政
拾遺往生伝(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安後期の往生伝。3巻。三善為康(みよしためやす)著。1111年(天永2)以後まもなく成立。書名は、大江匡房(おおえのまさふさ)『続本朝往生伝』の拾遺の意。『続本朝往生伝』に漏れた往生者(とくに念仏を修することで阿弥陀仏(あみだぶつ)の浄土に往生した
三遊亭円朝(日本架空伝承人名事典・日本近代文学大事典・日本大百科全書)
落語家。本名出淵(いずぶち)次郎吉。2代三遊亭円生(えんしょう)門人の橘家(たちばなや)円太郎の子として天保(てんぽう)10年4月1日江戸・湯島に生まれる。父と同じ2代円生に師事し、7歳で小円太と名のって寄席(よせ)に出演したが、異父兄の臨済宗の僧玄
三宝絵詞(東洋文庫・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
平安中期の説話集。3巻。源為憲(ためのり)編。984年(永観2)冷泉(れいぜい)天皇皇女、尊子内親王に献上された。もともと絵を伴っていたが、詞章のみが伝わっている。物語や音楽などのはかない慰みより、仏法に縁を結ぶことをたたえる序をもち、上、中、下巻に
三国伝記(日本大百科全書・世界大百科事典)
説話集。沙弥玄棟(しゃみげんとう)編。室町時代中期(15世紀前期)成立。インド、中国、日本の説話が順繰りに配され、全12巻、各巻30話、合計360話の集成である。漢文の訓読調を主体に、和漢の名詩句や美辞麗句をちりばめた技巧的な文章で展開しており
西行物語(世界大百科事典・日本国語大辞典・日本大百科全書)
鎌倉時代中期(13世紀)の絵巻。作者不詳。徳川黎明会(れいめいかい)および万野(まんの)家に1巻ずつ所蔵。いずれも重要文化財。放浪の歌人西行の生涯の事跡や逸話を描いたもの。徳川本は、西行の前身佐藤義清(のりきよ)が出家の決心をするところから、嵯峨
源平布引滝(新版 歌舞伎事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。時代物。5段。並木千柳(せんりゅう)、三好松洛(しょうらく)作。1749年(寛延2)11月、大坂・竹本座初演。『源平盛衰記』などに取材して、源義朝(よしとも)の滅亡後、その弟木曽先生義賢
源平盛衰記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
軍記物語。「げんぺいせいすいき」とも読む。48巻。作中人物の呼称などの考証により鎌倉中期の成立といわれたが、武士の服装描写などからは、鎌倉末期もしくは南北朝期の時代性をみせていて、そのころの成立と思われる。編者は未詳、寺院関係者か。諸本として
天衣紛上野初花(新版 歌舞伎事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。7幕。河竹黙阿弥(もくあみ)作。通称「河内山(こうちやま)」「直侍(なおざむらい)」。1881年(明治14年)3月、東京・新富座で9世市川団十郎の河内山宗俊(そうしゅん)、5世尾上(おのえ)菊五郎の片岡直次郎
清水寺縁起(国史大辞典・日本大百科全書)
山城(やましろ)国八坂郷に建立され、いまなお観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)の霊験(れいげん)をもってたたえられる京都清水寺の縁起。同名のものが3種あり、第一は、『群書類従』『大日本仏教全書』『国文東方仏教叢書(そうしょ)』にも収められるもので
鎌倉大草紙(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
室町時代の合戦記。『太平後記』ともいわれる。全3巻。著者は東常縁(とうつねより)の流れをくむ歌人とする説もあるが未詳。成立年代も不詳であるが、戦国期から近世初頭とされている。1379年(天授5・康暦1)より1479年(文明11)までの100年間の関東
岸信介(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
政治家。山口県生まれ。佐藤栄作は実弟。旧制一高を経て1920年(大正9)東京帝国大学法学部を卒業し、農商務省に入省。1931年(昭和6)商工省で重要産業統制法の立案・実施にあたり、以降革新官僚の頭目として軍部(統制派)との連携を強めた。1936年、
向田 邦子(日本近代文学大事典・日本大百科全書)
放送作家、小説家。東京生まれ。実践女子専門学校(現、実践女子大学)国語科卒業。映画雑誌編集者のかたわらラジオやテレビの脚本を書くようになり、『森繁(もりしげ)の重役読本』(1962~1969)、『七人の孫』(1964)などで人気ライターとなる。
コロボックル(日本大百科全書・世界大百科事典)
アイヌの小人説話。コロボックルともいう。コロポックルは穴の中に住んでいる小さな人であったと伝える。1枚のフキの葉の下に10人入れるほどであった。ササの葉を縫い合わせてつくった小船で漁に出る。ニシンが釣り針にかかると、5艘(そう)、10艘の船が力を
源博雅(国史大辞典・日本大百科全書)
平安中期の雅楽家。醍醐天皇皇子克明親王(よしあきらしんのう)の長男。母は藤原時平の娘。臣籍に下り源姓を賜る。934年(承平4)従四位下で出身、京官を歴任し、974年(天延2)に従三位皇太后宮権大夫(こうたいこうぐうごんのだいぶ)に任じられた
解体新書(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
解剖学書。日本最初の本格的な西洋医学の翻訳書。本文4冊、別に序文と図譜を掲げた1冊からなる。1774年(安永3)刊。日本で初めてのこの翻訳事業の中心になったのは前野良沢(りょうたく)と杉田玄白(げんぱく)で、中川淳庵(じゅんあん)・桂川甫周
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