改訂新版 世界大百科事典のサンプルページ一覧
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「国史大辞典」「日本古典文学全集」「日本国語大辞典」「世界大百科事典」「日本大百科全書」など80種類以上の辞書・事典をパソコン、タブレット、スマートフォンで利用できます。
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サンフランシスコ講和条約(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
正式名称は,対日平和条約TreatyofPeacewithJapan。1951年9月8日,サンフランシスコ市内のオペラハウスで調印され,52年4月28日発効した。講和への過程対日講和は第2次大戦終結直後には提起されなかった。それは第1に,連合国が

出世景清(日本古典文学全集・歌舞伎事典・世界大百科事典)
人形浄瑠璃。時代物。近松門左衛門作。大坂竹本座初演。1685年(貞享2)正月,京から大坂道頓堀に下り競演を挑んだ宇治加賀掾座の二の替り《凱陣八島》(3月下旬まで上演)に対抗して,竹本義太夫が初めて近松に創作を依頼してできた曲で,貞享2年二の替りと推定

拾遺往生伝(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
《続本朝往生伝》の後をうけ,往生者の行業を漢文体で記したもの。三善為康撰。上中下あわせて95人の伝を収める。上・中巻は僧,俗人男子,尼,俗人女子の順,下巻は採訪順に書きつがれ,1111年(天永2)没の大和国阿弥陀房で終わる。国史,別伝,寺院縁起

三宝絵詞(東洋文庫・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
平安中期の仏教説話集。本来は《三宝絵》という絵巻で,絵が逸亡して詞書だけが残り,かりに説話集なみに扱われている。源為憲が冷泉天皇の皇女尊子内親王の教育用に作った。序によって984年(永観2)冬,円融天皇の女御であった内親王が出家,仏教の概要を知る手引

三国伝記(日本大百科全書・世界大百科事典)
室町時代の説話集。12巻。編者は沙弥玄棟とするが伝未詳。1407年(応永14)以後,1446年(文安3)以前の成立。インド・中国・日本3国の説話を輪番に配列し,各巻30話,全360話を収める。1日1話当て,1年12ヵ月,360日に配したものか

西行物語(世界大百科事典・日本国語大辞典・日本大百科全書)
西行の生涯を多数の歌をまじえて記した,鎌倉時代の物語。作者未詳。《西行一生涯草紙》《西行四季物語》《西行一代記》《西行記》とも称され,絵巻の形でも伝わる。鳥羽院の北面の武士藤原義清(のりきよ)は文武に秀でた青年であったが,25歳のとき友人の死を身近に

源平布引滝(新版 歌舞伎事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
人形浄瑠璃。時代物。5段。正本の作者署名は並木千柳(並木宗輔),三好松洛。番付には作者竹田外記の名も加わる。1749年(寛延2)11月大坂竹本座初演。三段目切は2世政太夫,実盛の人形は初世吉田文三郎初演。《平家物語》を題材とする人形浄瑠璃の代表作の

源平盛衰記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
鎌倉時代の軍記物語。48巻。〈げんぺいじょうすいき〉ともいう。祇園精舎(ぎおんしようじや)で始まり,建礼門院往生で終わる大筋の骨格は《平家物語》(覚一(かくいち)本系)と同じであり,その異本の一種であるが,和漢の故事や説話を大量にとりこんで

渓嵐拾葉集(国史大辞典・世界大百科事典)
鎌倉時代末の仏教書。もとは300巻あったと伝えられるが,現存113巻。比叡山西塔北谷の別所黒谷にいた光宗(1276-1350)の著で,1318年(文保2)6月の自序がある。貴族社会を背景に繁栄した顕密の大寺院では,仏事・法会がさかんに催され,その次第

天衣紛上野初花(新版 歌舞伎事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
歌舞伎狂言。世話物。7幕。河竹黙阿弥作。1881年3月東京新富座初演。別名題《三幅対上野風景》。通称《河内山と直侍》。配役は河内山宗俊を9世市川団十郎,片岡直次郎を5世尾上菊五郎,金子市之丞・比企東左衛門を初世市川左団次,筆職人寺田幸兵衛・高木小左衛

国定忠次(日本架空伝承人名事典・国史大辞典・世界大百科事典)
江戸後期の博徒。忠次(治)郎ともいう。上野国佐位郡国定村の出身。中農以上に属する長岡与五左衛門の長男。21歳のとき博徒の縄張を譲られて以来博徒の親分となり,1834年(天保5)縄張争いから同じ博徒の島村の伊三郎を殺害し,有名となる。42年賭場の最中に

鎌倉大草紙(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
室町時代の戦記。3巻。異称《太平後記》。1379年(天授5・康暦1)の上杉憲春諫死(かんし)から1479年(文明11)の太田道灌臼井城攻略までの,約100年間にわたる関東の動静を記すが,応永末年から1439年(永享11)までの記事を欠いている。作者

神道(国史大辞典・世界大百科事典)
日本固有の民族宗教。日本人の信仰や思想に大きな影響を与えた仏教や儒教などに対して,それらが伝えられる前からあった土着の神観念にもとづく宗教的実践と,それを支えている生活習慣を,一般に神道ということばであらわしている。日本民族の間にあった信仰は

独占禁止法(世界大百科事典)
1947年,占領政策の一環としてなされた財閥解体等の経済民主化政策の成果を恒久的に日本に定着させるために,アメリカのアンチ・トラスト法(反トラスト法)を範にとって制定された法律。市場における公正で自由な競争を促進することにより,一般消費者の利益を確保

岸信介(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
政治家。山口県出身。佐藤家の出で父方の実家を継ぐ。佐藤栄作は実弟。東京帝大法学部卒。農商務省に入り,臨時産業合理局をへて,1935年工務局長。翌年,満州国実業部次長となり,37年より満州産業開発五ヵ年計画を推進。当時,東条英機,星野直樹,松岡洋右

コロボックル(日本大百科全書・世界大百科事典)
アイヌの口碑伝承に先住民として出てくる〈蕗の下の人〉という意味の小柄な人々(〈蕗で拭いた屋根の下に住む人々〉との解釈もある)。すでに江戸時代末から日本の先住民の候補としてその名が取りざたされていたが,明治時代に入り,J.ミルンがコロボックルを日本の

紀伊国屋文左衛門(国史大辞典・世界大百科事典)
元禄時代の豪商。生没年不詳。通称紀文。江戸の本八丁堀三丁目に住し幕府の材木御用達として活躍,巨富を積んだ。たとえば1698年(元禄11)に江戸寛永寺根本中堂の資材調達を請け負ったと伝えられるほか,1700年には下総香取社の普請用材を調達している。

解体新書(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
日本最初の本格的洋書翻訳書。本文4巻と図版(解体図)1巻から成る。1774年(安永3)刊。1771年(明和8)の骨ヶ原(小塚原)の腑分けがきっかけとなって,当時《ターヘル・アナトミア》と俗称されたドイツ人クルムスJ.Kulmusの解剖書の蘭訳本

大日本史(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
水戸藩で編纂し,明治維新後も水戸徳川家で事業を継続して,1906年に完成した漢文の日本史。神武天皇から南北朝時代の終末すなわち後小松天皇の治世(1382-1412)までを,中国の正史の体裁である紀伝体により,本紀73巻,列伝170巻,志126巻,

鎖国(国史大辞典・日本国語大辞典・世界大百科事典)
江戸幕府がキリスト教の禁制を軸に,貿易の統制・管理と日本人の海外往来の禁止を企図して実施した対外通交政策,およびそれによってもたらされた状態を鎖国と呼んでいる。この政策は,オランダ人を長崎出島に強制移住させた1641年(寛永18)に確立し,1854年

江戸幕府(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
徳川家康が1603年(慶長8)2月12日征夷大将軍に任命されて江戸に開いた幕府。以後,1867年(慶応3)10月15日15代将軍徳川慶喜の大政奉還までの265年の間,対内的には全国を統治し,対外的には日本を代表する政府として機能した。徳川幕府ともいう

征夷大将軍(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
元来は陸奥における蝦夷征討のため,朝廷から任命された総指揮官。蝦夷征討のための臨時の職に征夷使があり,大将軍の下に副将軍,軍監,軍曹を置いた。征夷使を征東使と呼んだ時期もあり,大将軍,副将軍は大使,副使とも呼ばれたから,征夷大使,征東大使は実質的には

伊吹山(世界大百科事典・日本大百科全書・日本歴史地名大系)
滋賀県と岐阜県の県境を南北にのびる伊吹山地の主峰で,標高1377m。地質は古生代石灰岩よりなり,山麓の古生層は石灰岩が少ない。その地質構造は,巨大な石灰岩が低角度の衝上面で石灰岩の少ない古生層の上に衝上したものとされていたが,褶曲に衝上を伴ったもので

江戸川乱歩(日本大百科全書・世界大百科事典・日本近代文学大事典)
探偵小説作家,評論家。本名平井太郎。筆名はエドガー・アラン・ポーのもじり。三重県生れ。早稲田大学政治経済学部卒業。在学中から英米の探偵小説に関心を抱き,卒業後十数種の職業についた。1923年に《二銭銅貨》を発表し,日本における創作探偵小説の基盤を築き

盧溝橋事件(日本大百科全書・世界大百科事典)
北京(当時は北平)の南西郊外にある蘆溝橋付近で1937年(昭和12)7月7日夜に始まった日中両軍の衝突事件で,日中戦争の発端となった。七・七事件ともいう。当時中国では華北侵略をはかる日本に対して抗日救国運動が高まり華北情勢は緊迫していたが

鉄道(世界大百科事典)
軌道(または軌条)や架線などの固定施設によって拘束され,決められた路線で運転される交通機関の総称。鉄道の経済的側面19世紀は〈鉄道の時代〉といわれる。鉄道は,産業革命の先頭に立ったイギリスから普及しはじめ,19世紀中ごろには西ヨーロッパ全土

九条兼実(国史大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書)
平安末~鎌倉初期の公卿。藤原忠通の三男。母は家女房藤原仲光女。同母弟に慈円らがおり,異母兄弟姉妹に藤原基実(近衛),同基房(松殿),聖子(皇嘉門院),呈子(九条院)らがいる。兼実は父忠通から九条の地を譲られ,ここに邸を構えて九条を家名とした。

平賀朝雅(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
鎌倉初期の武将。義信の子。北条時政の女婿。1203年(建仁3)比企氏の乱の平定に活躍。乱後京都守護になり中原親能を補佐。三日平氏の乱を平定し,伊勢・伊賀の守護に補任される。時政前妻の女婿畠山重忠の子に嘲笑されたことを怒り,時政後妻牧方を通じて時政を

クリミア半島(世界大百科事典)
ウクライナ南部,黒海の北岸から南に突出した大きな半島。クリム半島とも呼び,面積2万5500km2。そのほぼ全域がウクライナのクリミア自治共和国に属する。北端は幅わずかに8kmのペレコプ地峡によってつながり,ここを道路と南ウクライナ~北クリミア運河が

クリミア戦争(日本大百科全書・世界大百科事典)
中近東およびバルカン半島の支配権をめぐって,イギリス,フランス,サルデーニャ,オスマン・トルコの4ヵ国連合とロシアとのあいだで戦われた戦争(1853-56)。クリミア半島と黒海が主戦場であったため,こう呼ばれるが,戦火はドナウ川流域,バルト海