新版 日本架空伝承人名事典のサンプルページ一覧

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光明皇后(世界大百科事典・国史大辞典・日本架空伝承人名事典)
奈良前期の聖武天皇の皇后。諱(いみな)は安宿(あすかべ),出家して光明子という。藤原不比等の第三女,母は橘三千代。幼にして聡慧,早くから声誉高かったが,716年(霊亀2)16歳で皇太子首(おびと)皇子の妃となり,翌々年阿倍皇女(孝謙天皇)を生む
小野小町(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安時代前期の女流歌人。生没年不詳。六歌仙、三十六歌仙の一人。出羽国の郡司良真の女。篁(たかむら)の孫、美材(よしき)、好古(よしふる)らの従妹とされる。系図については諸説があるが、確かなことは不明。小町の名についても、宮中の局町に住んだことによると
弁慶(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典)
源義経の郎従。武蔵坊と称する。没年は衣川の合戦で義経に殉じたとする伝承にもとづいて一一八九年(文治五)とされる。『吾妻鏡』や『平家物語』にその名が見えるので、実在の人物と考えられているが、詳しくは不明。その説話や伝承は、『義経記』をはじめ室町時代の
鞍馬天狗(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典)
大仏次郎の連作時代小説の主人公。『鬼面の老女』(一九二四)から『西海道中記』(一九五九)まで三六編の作品があり、いずれも鞍馬天狗を主人公としている。『御用盗異聞』『角兵衛獅子』『天狗廻状』『宗十郎頭巾』『江戸日記』『雁のたより』などがとくに名高い
一心太助(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
大久保彦左衛門に愛されたと伝えられる魚商。生没年不詳。侠勇あって「一心」の名は首(または腕ともいう)に「一心白道」の四字を入墨したところから呼ばれたとされる。実録本『大久保武蔵鐙(あぶみ)』によって大久保政談にからんで登場、浅草茅町の穀商松前屋
水戸黄門(日本架空伝承人名事典)
徳川光圀。江戸中期の大名。水戸藩初代藩主徳川頼房の三男として水戸に生まれる。母は頼房の側室谷久子。家臣の屋敷で養われた。幼名は長丸、のち千代松、九歳で元服のとき三代将軍徳川家光の一字を与えられて光国と名のる。のち五〇歳代に国を圀に改めた。字ははじめ
鼠小僧次郎吉(世界大百科事典・国史大辞典・日本架空伝承人名事典)
江戸の著名な盗賊。《視聴草》によれば,1823年(文政6)以来10年間に99ヵ所の武家屋敷へ122度も忍びこみ,金3000両余を盗む。盗金は酒食や遊興,ばくちなどに費やした。32年8月獄門。36歳とも37歳ともいわれた。のち小説,講談,戯曲に義賊とし
塚原卜伝(日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
室町末期の剣豪で、新当(しんとう)流(鹿島(かしま)新当流、卜伝流、墳原(つかはら)卜伝流など)の祖。卜伝の伝記は巷説(こうせつ)が多く明らかではないが、常陸大掾(ひたちだいじょう)鹿島家の四宿老(しゅくろう)の一つで、鹿島社(鹿島神宮)の祠官(しか
山荘太夫(日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
長者の没落伝説で、説経浄瑠璃(じょうるり)などの語物文芸として近世以前から語られていた安寿(あんじゅ)と厨子王(ずしおう)の物語。奥州五十四郡の大守岩城判官正氏(いわきのはんがんまさうじ)が、他人の虚言による無実の罪で筑紫(つくし)に流され、その子の
石童丸(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典)
説経節『苅萱(かるかや)』に出てくる幼い主人公の名。『苅萱』のもとになる話は、中世の高野山の蓮華谷や往生院谷あたりの「萱堂(かやんどう)」に住む聖(ひじり)の間に生まれたもので、それが後に謡曲の『苅萱』と説経に分かれて展開したものである。説経『苅萱』
赤穂浪士(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・日本大百科全書)
一七〇一年(元禄一四)三月一四日に、江戸城本丸松之廊下で播磨赤穂城主(五万三五〇〇石)浅野内匠頭長矩(ながのり)が高家肝煎(きもいり)(旗本)であった吉良上野介義央(よしなか)に突然斬りかかって傷を負わせた事件があった。この日は幕府の年賀に対する答礼
愛護若(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・国史大辞典)
説経節『愛護若』の主人公。愛護は父二条蔵人清平の後妻、雲井の前の邪恋を拒んだため、二条の館を追放される。叔父の阿闍梨(あじゃり)のいる叡山を訪ねるが、そこでも天狗と誤られて乱暴され、失意と絶望から山中を放浪した果てに霧降滝(きりうがたき)で投身自殺し
丹下左膳(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・日本大百科事典)
林不忘が一九二七年(昭和二)から翌年まで新聞に連載した長編小説『新版大岡政談‐鈴川源十郎の巻』に登場してくる、痩せさらばえた隻眼隻手の怪剣士。奥州中村藩六万石の藩主相馬大膳亮の家臣で、乾雲(けんうん)・坤竜(こんりゅう)の名刀をめぐる争いに藩主の密命
蝉丸(日本架空伝承人名事典・日本国語大辞典・国史大辞典)
虚構の人名。説話では、延喜帝(醍醐天皇)の第四皇子で、盲目のため逢坂山へ遺棄された琵琶の名手と伝える。『後撰集』(巻十五)に、「逢坂の関に庵室を造りて住み侍りけるに、行きかふ人を見て」の詞書のもとに、「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂
銭形平次(日本架空伝承人名事典)
野村胡堂が一九三一年(昭和六)から五七年まで書き継いだ『銭形平次捕物控』シリーズ(長・短編合わせて総計三八三編)の主人公。江戸神田明神下の長屋に住む「江戸一番の捕物名人」の御用聞(岡っ引き)。犯罪者の捕縛に際して、投げ銭の特技を見せるところから、銭形
信徳丸(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・日本大百科事典)
説経節『信徳丸』の主人公。河内国高安郡信吉(のぶよし)長者の子として生まれた信徳丸は、継母ののろいを受けて癩になり、天王寺(四天王寺)西門の前の引声堂の縁の下に隠れ、飢死にを決意する。しかし、許婚乙姫の献身的な愛情と、清水観音の利生によって、もとの身
酒呑童子(日本架空伝承人名事典・国史大辞典)
大江山伝説に登場する鬼神。「酒顛童子」とも書く。源頼光と渡辺綱、坂田金時らその四天王が、大江山に住む酒呑童子という鬼を退治する話は、近江伊吹山の伊吹童子退治の話と内容的に深く関係するが、一四世紀後半成立の『大江山絵詞』にみえることから、これ以前に原型
清水次郎長(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・国史大辞典)
江戸後期・維新期の侠客。駿河国有渡郡清水湊の海運業三右衛門の三男として生まれ、のち母の弟である米屋山本次郎八の養子となる。山本長五郎が本名で次郎長は通称。幼年期より粗暴の性質であった。一八三五年(天保六)に養父が死去し、家業を相続した。四一年に博徒
風の又三郎(日本架空伝承人名事典・日本人名大辞典・日本大百科全書)
宮沢賢治の童話『風の又三郎』(生前未発表)の主人公、高田三郎。三郎は、鉱石会社の技師である父の転勤で東北のある谷間の小学校分教場にやってきた。都会育ちらしく洋服を着、赤毛で色白く標準語を話す。三郎が転校してきた日は九月一日、二百十日のこと。三郎が
浦島太郎(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
浦島太郎の話は、一般には次のようなものとして知られている。浦島は助けた亀に案内されて竜宮を訪問。歓待を受けた浦島は三日後に帰郷するが、地上では三〇〇年の歳月が過ぎている。開けるなといわれた玉匣(玉手箱)を開けると白煙が立ち上り、浦島は一瞬にして白髪
一寸法師(日本架空伝承人名事典・日本大百科全書・日本国語大辞典)
異常に小さな姿でこの世に出現した主人公の活躍を語った昔話群の総称。御伽草子に収められていた物語が「一寸法師」と名づけられていたため、この種の昔話を「一寸法師」と呼ぶことが広く定着しているが、民間伝承の段階では、主人公を一寸法師と呼ぶほか、豆助
安倍晴明(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・国史大辞典)
平安中期の陰陽家。系図類によれば、八世紀はじめの右大臣阿倍御主人(あべのみうし)の系譜を引き、益材の子とされる。九六〇年(天徳四)に天文得業生として歴史に姿をあらわし、以後、天文博士・主計権助などを歴任して、大膳大夫・左京権大夫となる。極位は従四位
小栗判官(東洋文庫・日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
説経浄瑠璃(じょうるり)の曲名。作者、初演は不詳。正徳(しょうとく)(1711~16)末か享保(きょうほう)(1716~36)初めごろに出た佐渡七太夫豊孝の正本には『をくりの判官』とある。京都・三条高倉の大納言(だいなごん)兼家の嫡子小栗判官は
阿弥陀(世界大百科事典・日本架空伝承人名事典・Encyclopedia of Japan)
極楽浄土にいて衆生を救済するとされる仏。弥陀とも略称される。《無量寿経》によれば,過去世に法蔵比丘が世自在王如来のもとで四十八の誓願をたて,長期間の修行を果たし,現在では阿弥陀仏となり,極楽浄土の主となって,その浄土へ往生を願う衆生を摂取するという
佐々木小次郎(日本架空伝承人名事典・世界大百科事典・日本大百科全書)
?‐1612(慶長17) 安土桃山時代から江戸初期の剣豪。幼名は九三郎といわれ、巌流とも称した。出身は越前国とも、周防国ともいわれる。幼い頃から富田流剣法の中興の祖である富田勢源に剣法を学び、長じて諸国を武者修行の末、「物干し竿」といわれる長太刀で
宮本武蔵(世界大百科事典・日本架空伝承人名事典・Encyclopedia of Japan)
江戸時代初期の剣豪。二天一流(円明流,武蔵流ともいう)剣法の祖。《五輪書》の著者。二天と号した。日本の剣道史上最も著名な剣豪の一人で,小説,舞台,映画などにもなっているが,伝記については必ずしも明らかではない。出生地についても,播磨(兵庫県)の宮本村
風魔小太郎(日本架空伝承人名事典・日本人名大辞典)
戦国末期に活躍したとされる相州乱波(らっぱ)の首領。『北条五代記』によれば、乱波とは「他家へ忍び入り、山賊、夜討、強盗して物盗ること上手なり。才智ありて、計略めぐらすこと、凡慮におよばず」といい、小太郎はこうした関東乱波のうち、小田原北条氏
服部半蔵(世界大百科事典・日本架空伝承人名事典・日本大百科全書)
徳川氏の部将。半三とも書く。石見守,名は正成(まさなり)。父保長(石見守),子の正就(まさなり)(石見守)・正重(伊豆守)兄弟も半蔵(半三)を通称とする。服部氏は伊賀を本国とし,保長のときに三河国に至り徳川(松平)氏の家臣となった
石川五右衛門(世界大百科事典・日本架空伝承人名事典・日本大百科全書)
安土桃山時代の盗賊の頭目。豊臣政権に反発する義賊というのは江戸時代の浄瑠璃や歌舞伎において粉飾された説で,《言経卿記》《豊臣秀吉譜》,アビラ・ヒロン《日本王国記》などによれば凶悪な窃盗である。1594年8月23日親子党類ともに京都三条河原で極刑に
近藤勇(国史大辞典・日本架空伝承人名事典・日本大百科全書)
一八三四 - 六八 幕末の幕臣。諱は昌宜、通称勝太・勇、変名大久保大和。天保五年(一八三四)十月五日生。武蔵国多摩郡石原村辻(東京都調布市)の農業宮川久次(郎)の三男。母はおえい。四人兄姉の末っ子。嘉永二年(一八四九)十月十九日
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