第443回
2020年10月12日
まずは以下の文章をお読みいただきたい。2014年11月18日の第187回国会参議院内閣委員会(第10号)における、ある出席者の発言である。
「のべつくまなく全てのお客さんについて同じような判断方法、チェックリストを使ってやると、これはもう大変なことになるんじゃないかと私も危惧しております。」
注目していただきたいのは、冒頭の「のべつくまなく」という言い方である。「のべつまくなし」の誤植ではないか、と思われたかたもいらっしゃるに違いない。だが、決して誤植ではない。国会会議録システムで「のべつくまなし」を検索すると、他の発言者のものも見つかる。
この「のべつまくなし」「のべつくまなし」について、文化庁は2011年度の「国語に関する世論調査」で、どちらを使うか調査している。結果は「のべつまくなし」を使う人が42.8パーセント、「のべつくまなし」を使う人が32.1パーセントというものであった。「のべつくまなし」と言っている人が確実にいることがわかる。
「のべつまくなし」は、「のべつ幕なし」とも書くが、「絶え間なく続くこと。また、そのさま。ひっきりなし。ぶっつづけ。」(『日本国語大辞典(『日国』)』)という意味である。これを「のべつくまなし」と言ってしまうのは、「まく」を「くま」とひっくり返して言ったもののように見えるのだが、どうもそれほど単純なことではなさそうなのだ。
もう一度、冒頭で引用した国会参議院内閣委員会での発言をご覧いただきたい。この「のべつくまなし」を「のべつまくなし」の言い間違いだとして、「絶え間なく続くこと。また、そのさま。ひっきりなし。ぶっつづけ。」という意味で使っているだろうか。その意味に取れなくもないが、どこか据わりが悪い。「くまなし」は、「行き届かないところがない。万事に行き渡っている。抜かりがない。」(『日国』)。という語なので、ひょっとすると、「のべつ+くまなし」という言い方があるものと思い込み、すべて行き届かせるという意味で使っているのではないだろうか。だとすると、
「四十七都道府県すべての地域で、のべつくまなく今申し上げたことをやれと言っているわけではなくて、例えば、雇用促進住宅の足りないところで公営住宅等の活用が見込まれるところを重点的に、こういう住宅を失う方々が早期に多数発生してしまうような地域において公営住宅等の活用がより円滑に行われるための検証をぜひ現場で行っていただいて」
(第171回国会 衆議院 国土交通委員会 第2号 平成21年1月13日)
という発言も同様の意味のものなのかもしれない。
だが、ここまでだったら、「のべつくまなし」は「のべつまくなし」とは別の語と認識されているという結論を見いだせそうだが、話はさらに複雑になっていく。国会会議録にこんな発言が掲載されているからだ。
「JASRACさんが、今回、音楽教室で楽曲を演奏されたりとかすることで課金されるということ自体、これ自体は私は否定するものではないんです。のべつ幕なく、全てにちゃんと著作者の権利を確保するという部分では、ルール化がちゃんとされていて」
(第193回国会 衆議院 予算委員会第七分科会 第1号 平成29年2月22日)
この発言に見られる「のべつ幕なし」は、絶え間なく続くさまという意味ではなく、万事に行き渡っているという意味で使っているように思える。この発言の場合、3つの可能性が考えられる。発言者は「のべつくまなく」と言ったのだが、速記者が「のべつ幕なく」の言い間違いだと判断して修整してしまった。「のべつくまなし」に引きずられて「のべつ幕なし」の意味まで変化しつつある。それとも、発言者独自の用法なのか。
今回、国会の会議録を元にして書いたのだが、「のべつくまなし」を使っているのは国会議員に限ったことではない。インターネットで検索してもけっこう見つかるのである。そして、「のべつまくなし」の意味の変化までも。「のべつくまなし」が辞書の見出し語になることはないだろうが、今後さらに広まっていく可能性はあり、「のべつまくなし」の意味の変化も含めて、観察を続けなければならない語なのかもしれない。
「のべつくまなく全てのお客さんについて同じような判断方法、チェックリストを使ってやると、これはもう大変なことになるんじゃないかと私も危惧しております。」
注目していただきたいのは、冒頭の「のべつくまなく」という言い方である。「のべつまくなし」の誤植ではないか、と思われたかたもいらっしゃるに違いない。だが、決して誤植ではない。国会会議録システムで「のべつくまなし」を検索すると、他の発言者のものも見つかる。
この「のべつまくなし」「のべつくまなし」について、文化庁は2011年度の「国語に関する世論調査」で、どちらを使うか調査している。結果は「のべつまくなし」を使う人が42.8パーセント、「のべつくまなし」を使う人が32.1パーセントというものであった。「のべつくまなし」と言っている人が確実にいることがわかる。
「のべつまくなし」は、「のべつ幕なし」とも書くが、「絶え間なく続くこと。また、そのさま。ひっきりなし。ぶっつづけ。」(『日本国語大辞典(『日国』)』)という意味である。これを「のべつくまなし」と言ってしまうのは、「まく」を「くま」とひっくり返して言ったもののように見えるのだが、どうもそれほど単純なことではなさそうなのだ。
もう一度、冒頭で引用した国会参議院内閣委員会での発言をご覧いただきたい。この「のべつくまなし」を「のべつまくなし」の言い間違いだとして、「絶え間なく続くこと。また、そのさま。ひっきりなし。ぶっつづけ。」という意味で使っているだろうか。その意味に取れなくもないが、どこか据わりが悪い。「くまなし」は、「行き届かないところがない。万事に行き渡っている。抜かりがない。」(『日国』)。という語なので、ひょっとすると、「のべつ+くまなし」という言い方があるものと思い込み、すべて行き届かせるという意味で使っているのではないだろうか。だとすると、
「四十七都道府県すべての地域で、のべつくまなく今申し上げたことをやれと言っているわけではなくて、例えば、雇用促進住宅の足りないところで公営住宅等の活用が見込まれるところを重点的に、こういう住宅を失う方々が早期に多数発生してしまうような地域において公営住宅等の活用がより円滑に行われるための検証をぜひ現場で行っていただいて」
(第171回国会 衆議院 国土交通委員会 第2号 平成21年1月13日)
という発言も同様の意味のものなのかもしれない。
だが、ここまでだったら、「のべつくまなし」は「のべつまくなし」とは別の語と認識されているという結論を見いだせそうだが、話はさらに複雑になっていく。国会会議録にこんな発言が掲載されているからだ。
「JASRACさんが、今回、音楽教室で楽曲を演奏されたりとかすることで課金されるということ自体、これ自体は私は否定するものではないんです。のべつ幕なく、全てにちゃんと著作者の権利を確保するという部分では、ルール化がちゃんとされていて」
(第193回国会 衆議院 予算委員会第七分科会 第1号 平成29年2月22日)
この発言に見られる「のべつ幕なし」は、絶え間なく続くさまという意味ではなく、万事に行き渡っているという意味で使っているように思える。この発言の場合、3つの可能性が考えられる。発言者は「のべつくまなく」と言ったのだが、速記者が「のべつ幕なく」の言い間違いだと判断して修整してしまった。「のべつくまなし」に引きずられて「のべつ幕なし」の意味まで変化しつつある。それとも、発言者独自の用法なのか。
今回、国会の会議録を元にして書いたのだが、「のべつくまなし」を使っているのは国会議員に限ったことではない。インターネットで検索してもけっこう見つかるのである。そして、「のべつまくなし」の意味の変化までも。「のべつくまなし」が辞書の見出し語になることはないだろうが、今後さらに広まっていく可能性はあり、「のべつまくなし」の意味の変化も含めて、観察を続けなければならない語なのかもしれない。
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