第413回
2019年08月19日
「忍法帖」シリーズや、明治の開化期を舞台にした小説など、数多くの推理小説や時代小説、伝奇小説を書いた、山田風太郎という作家はご存じであろう。その山田風太郎が最後に発表した小説が、『柳生十兵衛死す』(1992年)である。柳生十兵衛は、江戸前期の剣術家で、柳生新陰流を極め、父宗矩(むねのり)の死後柳生宗家を継いだ人物。まずはその小説から引用した、以下の文章をお読みいただきたい。
「将軍の四男たる自分に対して、対等どころかそれ以下の人間に対するような口をきくのには腹がにえくりかえる。」
注目していただきたいのは、文中の「腹がにえくりかえる」の部分である。私はパソコンでこのコラムを書いているのだが、「腹が煮えくりかえる」と書こうとすると、《「はらわたが煮えくりかえる」の誤用》と自動で表示が出てくる。
確かに、「はらわたが煮えくりかえる」「はらわたが煮えかえる」が本来の言い方で、「腹が煮えくりかえる」は誤用とされることが多い。辞書でも、『明鏡国語辞典』は「『腹が煮えくり返る』は誤り」であると言い切っている。
「はらわたが煮えくりかえる(煮えかえる)」は、例えば、大坂の曽根崎(そねざき)天神でおきた、お初と徳兵衛との情死事件を扱った近松門左衛門の浄瑠璃『曾根崎心中』(1703年初演)に、
「九平次めが、けふ生玉にて徳兵衛を、散々に打擲(ちょうちゃく)したる由、腸が煮え返り」
とあるが、これが本来の使い方であるといえよう。このことについて、異論はない。
だが、「腹がにえくりかえる」も無視できない状況にあることも確かなのである。
「はらわた」は、『曾根崎心中』にもあるように「腸」と書く。内臓、特に大腸や小腸の総称である。この「はらわた」が煮えたぎるほどの激しい怒りをこらえることができないさまを、「はらわたが煮えくりかえる(煮えかえる)」という。「はらわた」は「腹」のことなのだから、「腹が煮えくりかえる」といってもよさそうなものだが、古くから「はらわたが」が使われてきた。「腹」だと思っている人は、「はらわた」という語の中に「はら」のがあるので、この慣用表現をうろ覚えにしているということもあるのかもしれない。
そうしたこともあってか、「腹が煮えくりかえる」という言い方は、じわじわとだが増えている。冒頭の、『柳生十兵衛死す』の例だけでなく、書籍になったものでも、そう書いてある例はけっこうある。
本来の言い方は「はらわた」なので、テストやクイズでこの部分を「腹」としたら、今は×になるだろう。だから、「腹」とは書かないように気をつけてほしいのだが、実際には、「腹」が広まる可能性は否定できないのである。
「将軍の四男たる自分に対して、対等どころかそれ以下の人間に対するような口をきくのには腹がにえくりかえる。」
注目していただきたいのは、文中の「腹がにえくりかえる」の部分である。私はパソコンでこのコラムを書いているのだが、「腹が煮えくりかえる」と書こうとすると、《「はらわたが煮えくりかえる」の誤用》と自動で表示が出てくる。
確かに、「はらわたが煮えくりかえる」「はらわたが煮えかえる」が本来の言い方で、「腹が煮えくりかえる」は誤用とされることが多い。辞書でも、『明鏡国語辞典』は「『腹が煮えくり返る』は誤り」であると言い切っている。
「はらわたが煮えくりかえる(煮えかえる)」は、例えば、大坂の曽根崎(そねざき)天神でおきた、お初と徳兵衛との情死事件を扱った近松門左衛門の浄瑠璃『曾根崎心中』(1703年初演)に、
「九平次めが、けふ生玉にて徳兵衛を、散々に打擲(ちょうちゃく)したる由、腸が煮え返り」
とあるが、これが本来の使い方であるといえよう。このことについて、異論はない。
だが、「腹がにえくりかえる」も無視できない状況にあることも確かなのである。
「はらわた」は、『曾根崎心中』にもあるように「腸」と書く。内臓、特に大腸や小腸の総称である。この「はらわた」が煮えたぎるほどの激しい怒りをこらえることができないさまを、「はらわたが煮えくりかえる(煮えかえる)」という。「はらわた」は「腹」のことなのだから、「腹が煮えくりかえる」といってもよさそうなものだが、古くから「はらわたが」が使われてきた。「腹」だと思っている人は、「はらわた」という語の中に「はら」のがあるので、この慣用表現をうろ覚えにしているということもあるのかもしれない。
そうしたこともあってか、「腹が煮えくりかえる」という言い方は、じわじわとだが増えている。冒頭の、『柳生十兵衛死す』の例だけでなく、書籍になったものでも、そう書いてある例はけっこうある。
本来の言い方は「はらわた」なので、テストやクイズでこの部分を「腹」としたら、今は×になるだろう。だから、「腹」とは書かないように気をつけてほしいのだが、実際には、「腹」が広まる可能性は否定できないのである。
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