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阪神・淡路大震災(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
1995年(平成7)1月17日午前5時46分、兵庫県を中心として阪神地方に甚大な被害を与えたマグニチュード7.3(2001年精査前はマグニチュード7.2)の巨大地震災害の一般的な呼称(災害名。政府の発表による)。地震の名称は兵庫県南部地震である
鏡餅(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
解説・用例〔名〕円形で平らな、鏡の形のように作った餠。正月または祝いのときに大小二個を重ねて神仏に供える。かがみ。かがみのもち。かがみのもちい。かがみもちい。ぐそくもち。そなえもち。おそなえ。すわりもち。もちいかがみ。《季・新年》*類聚雑要抄〔室町〕
(新選漢和辞典・日本国語大辞典)
①〈つつし・む〉うやまう。「寅畏(いんい)」②寅車(いんしゃ)は、兵車の名。③〈とら〉十二支の第三位。(ア)時刻では、午前四時ごろ。また、午前三時から五時。(イ)方角では、東北東。(ウ)動物では、虎(とら)。(エ)陰暦正月。
梶原景時(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
?-一二〇〇 鎌倉時代前期の武将。相模国住人五郎景清の子。通称平三。源頼朝挙兵の時、大庭景親に属したが、石橋山にいき、頼朝の危急を救い、のち頼朝に従って、源義仲追討をはじめ、平家追討に功があった。文治元年(一一八五)屋島攻撃の際、源義経と逆櫓の策を争い
大庭景親(世界大百科事典・国史大辞典・日本大百科全書)
平安時代末期の武士。通称大庭三郎。景忠の子で,平治の乱の際捕らえられながらも助命されたことから平家に臣従した。1180年5月の源頼政挙兵時には京都にあって平家軍に属し,東下後の同年8月源頼朝が挙兵すると,平家方の総大将として石橋山でこれを破った
源義仲(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
一一五四-八四 平安時代後期の武将。木曾義仲・木曾冠者・旭将軍と称される。久寿元年(一一五四)に生まれる。父は春宮帯刀長源義賢、母は遊女と伝える。寿永二年(一一八三)の入洛以前は根本資料を欠き、延慶本・盛衰記・長門本など語り系の『平家物語』によらざるを
源頼家(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
一一八二-一二〇四 鎌倉幕府の第二代将軍。一二〇二―〇三在職。源頼朝の長男。母は北条政子。寿永元年(一一八二)鎌倉の比企能員邸に生まれる。幼名は万寿(または十万)。能員妻・河越重頼妻(能員の妹)・梶原景時妻らが乳母となる。頼家の安産を祈って源頼朝は
北条義時(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
一一六三-一二二四 鎌倉時代前期の第二代執権(一二〇五―二四)。相模守・陸奥守・右京権大夫を歴任、また駿河・伊豆・若狭・越後・大隅・信濃の守護となる。長寛元年(一一六三)北条時政の第二子として生まれる。母は伊東入道女。幼名は江馬四郎・江馬小四郎
北条時政(世界大百科事典・日本大百科全書)
鎌倉幕府の初代執権。時方の子。母は伊豆掾伴為房の娘。伊豆国北条(現静岡県伊豆の国市,旧韮山町)を本拠とする在庁官人で,北条四郎と称した。源頼朝が伊豆に流されていたとき,娘の北条政子が頼朝の妻となるのを許した。1180年(治承4)頼朝が平氏打倒の兵を
日本神話の神々(日本大百科全書)
吉田敦彦編見出し項目は、主として『古事記』の表記としたが、『日本書紀』『風土記(ふどき)』などにのみ記載されている神名はその表記とした。『古事記』の略号を記、『日本書紀』の略号を紀とした。見出し項目の下に、【紀】として『日本書紀』の表記と、読みが
天之御中主神(日本大百科全書・世界大百科事典・日本架空伝承人名事典)
『古事記』の神々のなかで最初に出現した神。別天神(ことあまつかみ)のことである。高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、神産巣日神(かみむすびのかみ)とともに造化の三神ともいわれ、天の中心にあって天空を主宰している神の意。しかし、『延喜式』神名帳には
日本人拉致問題(日本大百科全書)
日本人が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に拉致されたという事件とそれをとりまく問題。日本人拉致という国家的犯罪行為が注目されたのは、1987年(昭和62)11月に発生した大韓航空機爆破事件の実行犯である金賢姫(キムヒョンヒ)(1962―)が、拉致され
後鑑(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
江戸幕府が編纂(へんさん)した足利(あしかが)将軍家に関する歴史書。鎌倉幕府の『吾妻鏡(あづまかがみ)』に倣って奥儒者成島良譲(なるしまりょうじょう)(筑山(ちくざん))が編集にあたった。1853年(嘉永6)成立。原本は旧内務省地理課に伝来したが
徳川実紀(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
初代家康(いえやす)以来10代家治(いえはる)に至る徳川将軍の実録。本編には編年体で歴代将軍の政治的業績を収録し、付録にはその嘉言(かげん)・善行を集め記す。本名は『御実紀』で、『徳川実紀』は俗称。「東照宮(家康)御実紀」のほかは歴代ごとに諡
日本外史(日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸後期の歴史書。22巻。頼山陽(らいさんよう)著。1827年(文政10)に完成し、松平定信(さだのぶ)に献呈された。1836~37年(天保7~8)ごろ刊行。源平二氏から徳川氏に至る武家の興亡が家別・人物中心に漢文で記述されている。20余年の歳月を
続史愚抄(世界大百科事典・国史大辞典)
亀山天皇受禅(1259)から後桃園天皇(在位1770-79)に至る編年体の歴史書。1777-98年(安永6-寛政10)の成立。柳原紀光(もとみつ)の編纂。《日本三代実録》以後の国史編述を目的とするものであったが,宇多天皇(在位887-97)から後深草天皇(在位1246-59)に至る
読史余論(日本大百科全書・世界大百科事典)
新井白石(あらいはくせき)の著した史論書で、1712年(正徳2)における将軍徳川家宣(いえのぶ)への進講案。摂関(せっかん)政治から徳川家康の政権獲得に至る(実際は豊臣(とよとみ)秀吉の事業)までの政治史で、文徳(もんとく)天皇の世から建武中興
本朝通鑑(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
江戸前期の幕府編修の歴史書。神代から後陽成(ごようぜい)天皇に至るまでの日本の通史。中国の『資治通鑑(しじつがん)』の名称と記述法に倣ったもの。正編(初名は『本朝編年録』)は林羅山(らざん)が3代将軍徳川家光(いえみつ)の命により編修、神武(じんむ)
信長公記(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
織田信長(おだのぶなが)の伝記。『信長記(しんちょうき)』ともいう。作者は太田牛一(おおたぎゅういち)。1568年(永禄11)の信長上洛(じょうらく)から82年(天正10)本能寺の変で倒れるまでの15年間の事跡を、1年1巻として記す十五巻本と
吾妻鏡(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
鎌倉幕府が編纂(へんさん)した幕府自身の歴史書。東鑑とも書く。巻数未詳(現存部分は、欠巻1巻を含め52巻)。将軍ごとの編年体の形をとり、1180年(治承4)以仁王(もちひとおう)、源頼政(よりまさ)の挙兵から、1266年(文永3)前将軍宗尊
日本紀略(日本大百科全書・国史大辞典)
神代から後一条(ごいちじょう)天皇(在位1016~36)までの編年体の史書。34巻。著者不詳。成立は平安末期。『日本紀類』『編年紀略』ともいう。前半は六国史(りっこくし)を抄録したもの。後半は、書法、体裁がまったく前半と異なり、公私の日記などを史料と
歴史物語(日本大百科全書・国史大辞典)
日本文学史上の一ジャンル。歴史に取材した物語の総称。作品としては、『栄花(えいが)物語』『大鏡(おおかがみ)』『今鏡』『水鏡』『増(ます)鏡』などがあり、これに『秋津島(あきつしま)物語』(作者不詳)、『月の行方(ゆくえ)』(荒木田麗女)
徳川氏(日本大百科全書・世界大百科事典)
江戸幕府将軍家の姓。三河国(みかわのくに)(愛知県東部)の戦国大名であった松平家康(まつだいらいえやす)は、1566年(永禄9)暮れに松平姓を徳川と改姓した。このころ家康は三河一国をほぼ手中に収めており、この地盤を固め、家臣団の統制をしていくうえで
中世和歌集(日本古典文学全集)
御裳濯河歌合西行法師判者俊成卿一番左持山家客人岩戸を開けた天照大神のその昔に、いったい誰がこのように(御裳濯河のほとりに美しく咲いている)桜を植えたのであろうか。右野径亭主神路山には月が清らかに澄んで
萬葉集巻第二 挽歌(日本古典文学全集)
柿本朝臣人麻呂妻依羅娘子与人麻呂相別歌一首勿念跡君者雖言相時何時跡知而加吾不恋有牟柿本朝臣人麻呂の妻、依羅娘子が人麻呂と別れるときの歌一首▼思うなとあなたがおっしゃっても今度いつ逢えると分っていたら
萬葉集巻第二 相聞(日本古典文学全集)
萬葉集巻第二相聞難波高津宮御宇天皇代大鷦鷯天皇、諡曰仁徳天皇磐姫皇后思天皇御作歌四首君之行気長成奴山多都祢迎加将行待尓可将待右一首歌、山上憶良臣類聚歌林載焉。難波高津宮の天皇の御代大鷦鷯天皇、諡を仁徳
萬葉集巻第一 雑歌(日本古典文学全集)
萬葉集巻第一雑歌泊瀬朝倉宮御宇天皇代大泊瀬稚武天皇天皇御製歌籠毛与美籠母乳布久思毛与美夫君志持此岳尓菜採須児家告閑名告紗根虚見津山跡乃国者押奈戸手吾許曾居師吉名倍手吾己曾座我許背歯告目家呼毛名雄母泊瀬
日本万国博覧会(国史大辞典)
昭和四十五年(一九七〇)三月十五日から九月十三日まで、アジアで最初の万国博覧会として、大阪府吹田(すいた)市の千里丘陵地帯約三三〇万平方メートルを会場に、「人類の進歩と調和」を統一テーマに開催された国際博覧会。国際博覧会条約にもとづく第一種一般博覧会
平賀源内(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
江戸時代の本草学者(ほんぞうがくしゃ)、戯作者(げさくしゃ)。讃岐(さぬき)の志度浦(香川県さぬき市)の生まれ。幼名を四万吉(よもきち)。伝次郎、嘉次郎といい、名は国倫(くにとも)または国棟(くにむね)。源内(または元内)は通称。字(あざな)は子彝
東京駅(日本大百科全書・世界大百科事典)
東京都千代田区丸の内にある首都東京の表玄関をなすJR旅客駅。東海道・山陽新幹線、東北新幹線、東海道本線、東北本線、総武(そうぶ)本線の起点であるとともに、京浜東北線・山手線が通じ、さらに上越新幹線、北陸新幹線、山形新幹線、秋田新幹線、中央本線、横須賀
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