~ 『数え方の辞典』収録のコラムより ~
文化庁の2003年度国語世論調査によると、「あの人は私より1コ上だ」という言い方をすると答えた人の割合が50.8%になり、初めて過半数を超えたという結果が出ました。
この調査が行われた時点では、「1コ上/下」は年齢や学年の僅差を表す独特の言い方だという位置づけでしたが、どうしてどうして、最近の大学生の話し言葉を聞いていると「1コ」だらけなのです。
例えば、授業後「先生、1コ質問していいですか?」と聞いてきます。彼らの質問は1つだけのこともありますが、たいていは「もう1コ、聞きたいんですけど」と複数の質問が重なっていきます。当初、私は「質問が3つあるなら、始めから『3コ質問がある』と聞けば?」と思ったのですが、聞いていると彼らの「1コ」は厳密な質問数を言っているのではなく、明らかに「ちょっと」の意味で使っていることに気がつきました。
「ひとつ、やってみますか」のように、「1つ」という数え方が副詞的に「ちょっと」の意味で使われる前例があることを考えると、「1コ」も類似の変化を遂げている最中だと言えるでしょう。しかも「1コ」は、「ひとつ」とは多少違うニュアンスを持っているようです。例えば、人にものを頼む時「ひとつ、お願いがあるんだけど」と言いますが、ちょっと面倒で深刻なお願いをされるのではないかと相手は身構えてしまいます。それに対し、「1コ、お願いがあるんだけど」と言えば、軽いリクエストを聞いてもらえるかな、という意味合いに変わります。このように、「1コ」は、相手に質問や要望を投げかけるきっかけを作ったり、物事を軽く見せて聞き手に精神的な負担をかけまいとする円滑なコミュニケーションを生む道具の一種となっているのです。
著者:飯田朝子(いいだあさこ)
東京都生まれ。東京女子大学、慶應義塾大学大学院を経て、1999年、東京大学人文社会系研究科言語学専門分野博士課程修了。博士(文学)取得。博士論文は『日本語主要助数詞の意味と用法』。現在は中央大学商学部教授。2004年に『数え方の辞典』(小学館)を上梓。主な著書に、『数え方もひとしお』(小学館)、『数え方でみがく日本語』(筑摩書房)など。
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