~ 『数え方の辞典』収録のコラムより ~
握り鮨の数え方がなぜ「貫」なのかを調べて行くと、まさに人の数だけ説がある、ということに驚かされます。
そもそも握り鮨は、文化・文政時代(1804-30年)に江戸で登場したそうです。当時の屋台で供された鮨の大きさが、紐を通した穴あき銭1貫分の大きさと同じだったからという説がありますが、1貫(1000文)はとても握り鮨のサイズには収まるボリュームではありません。江戸時代の風俗を描いた『絵本江戸土産』(1753年)や『絵本江戸爵』(1768年)の浮世絵に鮨売りの様子がありますが、鮨は箸でつまめるほどのサイズです。
「貫」は尺貫法での重さの単位(3.75kg)でもあります。銀座の某鮨屋の大将は、「鮨に1貫ほどの氷の重さをかけるように、しっかりと握るように指導されることから来たのではないか」と言っていました。江戸で握り鮨が考案されるまで、鮨と言えば大阪の押し鮨(箱鮨)。江戸の鮨職人は、大阪の押し鮨に負けないよう重さをかけて握ったからでしょうか。また、鳥取地方では、当時の鮨は俵形に握っていたため、米俵の重さの単位が数え方の由来になったと言われています。
すっかり庶民の好物となった握り鮨も、天保の改革で魚介類などの贅沢なネタを食べることが禁止され、代わって稲荷鮨が登場し大流行します。なるほど、稲荷鮨は米俵を連想させますね。
他にも、「貫」という字は象形文字で、2つの丸い貝を紐で抜き通した様子を表します。そこから、当時の人気のネタであった煮貝の鮨2個で「1貫」と言ったことが発祥であるという説もあります。さらに、押し鮨は切って食べたのに対し、江戸前は切らない鮨という点で“一貫していた”ことが由来になったのではないかとする説(『図説江戸時代食生活事典』(1978年))などもあります。
著者:飯田朝子(いいだあさこ)
東京都生まれ。東京女子大学、慶應義塾大学大学院を経て、1999年、東京大学人文社会系研究科言語学専門分野博士課程修了。博士(文学)取得。博士論文は『日本語主要助数詞の意味と用法』。現在は中央大学商学部教授。2004年に『数え方の辞典』(小学館)を上梓。主な著書に、『数え方もひとしお』(小学館)、『数え方でみがく日本語』(筑摩書房)など。
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